担ったソグド人の墓地やその副葬品などの歴史事実を具体化するに足る文物の発見が相次いでいる。仏教美術に関しても同様であり、それらの新しい資料は当然のことながらまず中国の研究者の目に触れることとなる。そのため、今では、新たな観点を次々と意欲的に生み出し、シルクロード美術史や考古学界をリードしているのは中国の学者たちであり、そこに日本の研究者の入る余地は徐々になくなりつつある。その結果、中国において、十数年程前まで定期的に開かれていた石窟美術等に関する国際学会の開催数が最近ではめっきり減り、そのことも相俟って日本人の関心は自国の外に向わなくなってきたと言える。しかし、日本には現在では中国などで失われてしまった宗教、文物が古代、中世に伝わり、保存され、それが或は日本独自に展開していき、こうした事物に関する認識、研究の蓄積は日本では確実に存在する。そのため、特に仏教美術の研究においては、今でも日本の研究者の考察は他国のそれよりも説得力を持つものが多くある。その一方で、中国で学問の基礎を学びつつも、日本においても方法論を学び、中国に帰った後に更に新たな資料に触れ独自の観点を形成していったかつての留学生がいることも留意しなくてはいけない。そして、かつて日本に留学した研究者の中には台湾出身者もおり、元々中国とも日本とも文化的に接点を持っており、現在でも仏教や道教への信仰心を熱く持っている台湾の風土の中で育った彼らの緻密な研究は学界でも注目を集めている。以上によって、本討論会が日本において開かれたことは、日本における敦煌やシルクロードに関する研究に新たな息吹を流し、それが再度活況を呈するきっかけとなるだけでなく、日本文化自体の研究にも大きな意義を持つと言える。そして、最新のデータを持ち、新たな観点を持つ中国の研究者と長年の蓄積の上に成り立った方法論を基に研究を行う日本の研究者、そして台湾の研究者との交流は、互いに良い刺激を与え合い、シルクロードだけでなくアジアの文化史の研究の発展につながるものであり、幸いにも実際にその表れとして有益な議論は活発に交わされた。例えば、京都大学の稲本泰生氏の「敦煌第二四九・二八五窟における神々の図像の意義」は仏教狭義を基本に図像を読み解く研究であり、逆に中国由来の思想下に同図像を解釈しようとする中国の研究者と氏との間で活発な議論が行われた。また敦煌研究院の劉永増氏の「瓜州東千仏洞第五、六窟の不空羂索五尊曼荼羅について」はこれまで注目されてこなかったチベット密教図像の作品に関する発表であり、参加者に刺激を与えるものであり、台南芸術大学の潘亮文「文殊菩薩図の崑崙奴の図像について」は丁寧に作例の比較検討をすることで実証的に結論を導き出すものであり、多くの聴衆者の理解に供するものであった。そして、発表に対しては一般参加者からも意見や質問が提出され、― 589 ―
元のページ ../index.html#601