を探ったのも重要な指摘であった。研究報告2.「《燃え木を吹く少年》をめぐって─エル・グレコと同時代ヴェネツィア絵画─」は、ルネサンス・イタリア絵画を専門とする越川によるもので、イタリア時代後期の作品《燃え木を吹く少年》(コロメール・コレクション他)を中心に、このテーマや光と闇の、夜景を想起させるスタイルが同時代のヴェネツィア絵画、とりわけヤコポ・バッサーノとの影響関係を再検討した。越川は、エル・グレコの「第2次ヴェネツィア滞在」の可能性を認める立場にあり、またそれ以前のヴェネツィア滞在では、バッサーノ工房に所属したことも想定しており、注目すべき報告となった。研究報告3.「エル・グレコとヴァザーリ─初期男性裸体素描の再検討を中心に─」において、16、17世紀スペイン絵画を専門とする松井は、ミケランジェロの彫像をエル・グレコが模したとされる、通称「ヴァザーリ素描集」の1枚、《男性裸体像》(ミュンヘン、国立素描版画館)をめぐって、記名の筆跡やレタリング、その素描スタイルや技法、額縁装飾やカルテリーノの状態、さらには数少ないエル・グレコ素描の1枚《福音記者聖ヨハネ》(マドリード、国立図書館)の技法との類似性やローマ時代のこの画家の真作に見る人体像との比較からも、ミュンヘンの素描が真筆であるとの結論に至る。緻密な様式分析と鋭い視点のもとの、新たな研究報告である。研究報告4.「エル・グレコの“パラゴーネ”」は、やはり16、17世紀スペイン美術を専門とする松原の、ウィトルウィウス著『建築十書』に書き込んだ註釈を通して得たエル・グレコの芸術論である。パラゴーネ論の中で、絵画を彫刻よりも優位に置く立場を主張するエル・グレコは、晩年に、その発見以来、彫刻の最高傑作とされたヴァチカンのラオコーン群像を絵画に描いて取り上げたが、それは対抗宗教改革時代のキリスト教的文脈で教訓的に解釈されるべきではなく、その完璧な人体描写とそのほかの絵画的な効果を彫刻以上に実現することにより、「視覚的なパラゴーネ」を試みたのではなかったかと問いかけた。研究報告5.「エル・グレコ、歴史意識、マニエラ」は、中南米植民地時代のキリスト教美術の変容について、現地調査を重ねて着実な成果を上げてきた岡田による、やはりウィトルウィウス、そしてヴァザーリへの書き込みに着想を得たエル・グレコの理論と実作との関係性である。特に後者への、コレッジョのパルマ大聖堂天井画に関する賛美、「これほどのferocidad(強烈さ)を示したものは誰もいなかった」という一節に着目し、この概念こそ、この画家の晩年に向けて深まりゆく「芸術的高揚」に向かうものだと解釈する。晩年、古代彫刻の名作を模しての絵画《ラオコーン》の制作には、ヴァザーリに連なる発展史的な芸術観を持つエル・グレコ特有の、歴史意識― 597 ―
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