平坦な色面により画面の平面性が強調されている点、聖母の光背や周囲の装飾的な図案などに、フランス・ロマネスクの壁画様式との類似点が見いだされる。晩年を過ごしたアトリエの壁に残された1965年の習作では、向かって左端の人物を描き込んだ円形や聖母の光背にロマネスクの様式に特徴的な平面性、装飾性がみられる一方、色彩の濃淡により入念に描き込んだ衣装の襞や人物の顔貌表現に、戦後の油彩画に通じる藤田独自の様式化がみられる。「平和の聖母礼拝堂」の壁画では、全面に明るい青色の空を背景とした奥行きのある空間表現や写実的な肉体描写など、ロマネスクよりむしろルネサンスの壁画様式を連想させるものとなっている。Ⅱ.主題にみる「回帰」の志向1.宗教画藤田の戦後作品を概観すると、宗教画へ傾倒していった主題の面、画面全体に彩色し対象の三次元性を強める方向へ向かった様式の面で、ヨーロッパ絵画の伝統に立ち返る志向をみることができる。古典回帰の志向は旧蔵資料にも色濃く反映されている。今回の調査では宗教主題のなかでも『ヨハネ黙示録』に関して藤田が熱心に研究を重ねていたことがわかった。第Ⅰ章3節でもふれたFresques romanes des églises deFrance(注14)には、目録中、Apocalypse(黙示録)の語に下線が引かれ、該当する2カ所の壁画図版の左上に丸印が記入されている。このうちサン=サヴァンの壁画は1957年8月に実見していたものだが、その際入手したPeintures romanes des églises deFrance(注15)にも、目録や図版隅に下線や丸印の書き込みが見つかった。1959年5月パリで入手した『新約聖書:口語訳』(注16)にも、黙示録の頁に手製の付箋が糊付けされ、段落頭に丸印が記されている。パリであえて和書を求めているのは、聖書の意味内容を誤解なく理解しようとする意図があったためと推測される。このように複数の本において黙示録関連箇所に共通していることから、藤田本人による書き込みと考えて間違いないだろう。また同年7月にはアンジェを訪ね、黙示録を主題とした大作タピスリーを実見しており、画集も2冊所有していた(注17)。藤田は1960年、黙示録を主題とした3点の作品を制作し、翌年パリ市立近代美術館で開催された「ヨハネ黙示録展」に出品している。旧蔵書にみられる熱心な研究は、これらの制作に向けたものだったと考えられる。「ヨハネ黙示録」は『新約聖書』最後の書として知られ、この世の終末とキリストの再臨、新しいエルサレムの建国を預言する内容を記したもので、キリスト教美術で― 51 ―
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