鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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1セクションの「西洋美術」では、ブリストル大学のスティーヴン・バン教授が基調講演を行い、西洋美術における複製の歴史が示す根本的なジレンマについて、版画や写真の問題に触れながら幅広く論じられた。その後で、古典古代、ルネサンスから、17、18世紀、そして19、20世紀にまでいたる西洋美術の複製にまつわる諸問題について、個別の発表が翌日まで続いた。複製素描、複製版画、「オリジナルとコピー」の関係、美術教育とコピー、現代のレディ・メイド等々、多彩で刺激的な内容の発表が多く、著作権の問題を法的に検討する発表も含まれていた。ちなみに、17日の「西洋美術」の司会はゲアハルト・ヴォルフ(マックス・プランク財団美術史研究所所長)、ペーター・シュネーマンの両氏が担当された。振り返ると、発表者たちが扱ったのは、地域的には西洋と東アジア・日本で、時代としては古代から現代まで、対象としては洞窟壁画に始まり建築、彫刻、絵画、版画、写真にいたる多種多様なメディアであった。複製の問題に取り組む視点も多種多様で、教育、制度、政治などの視点からアプローチしたり、オリジナリティや「真正性」との関わりで分析したりするなど、複製というテーマの奥行きの広さを改めて感じることができた。鳴門コロキウムの成果は英文報告書の形で刊行される予定であるが、16日には、「西洋美術」と並んで、「東アジアと日本の美術」に関するセクションが同時進行し、ユキオ・リピット(ハーバード大学教授)、鈴木廣之(東京学芸大学教授)両氏が会を導いた。学習院大学の小林忠名誉教授による基調講演は、浮世絵版画に見られるヨーロッパ絵画の影響について再検討を試みる内容であった。それに続いて、日本の仏像、絵巻、南蛮屏風、現代の写真、あるいは日本に招来された中国絵画について、さらには中国の仏舎利塔、書、「長征」を描いたスケッチなどについて、それぞれ複製という視点から問題を掘り下げた発表が参加者の関心を惹きつけていた。17日の第3セクション「美術史における比較と文化交流のアプローチ」は、ロンドン芸術大学の渡辺俊夫教授と筑波大学の五十殿利治教授の司会で進行し、中国美術史を専門とするニューヨーク大学のジョナサン・ヘイ教授による、手作りの複製の歴史的な意味についての基調講演で幕を開けた。研究発表においては、インド、アメリカ、日本、中国、東南アジア、ヨーロッパなど複数の地域間で、美術が複製を通じて交流、交錯する興味深い現象が取り上げられた。最後の発表者となったティエリー・デュフレーヌ教授は、複製された「新洞窟壁画」が提起する諸問題を現代美術とも関連づけながら話されたが、メルボルン大学のジェニー・アンダーソン教授による全体を総括する最終講演と合わせて、コロキウムの掉尾を飾るにふさわしい発表であった。― 610 ―

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