鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
63/625

繰り返し取りあげられてきた。藤田は『旧約聖書:口語訳』を読み込み、その記述に沿って忠実にイメージを描き起こしたものと考えられる。その一方で、子供たちなど藤田独自の解釈によって描き込まれたと考えられるモティーフもみられる。こうした多種多様なイメージを稠密に張り巡らせ、画面上部に天上、下部に地上の様相を描いた構成は、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画を想起させるが、丁寧な彩色の上に墨などの細かな線をアクセントのようにして描き加える緻密な細部描写は、戦後の藤田作品にみられる特有の様式である。細かく描くことで対象の世界に深く入り込んでいく姿勢は、藤田の信仰心と重なるところがあるようにも思われる。『黙示録』の例にみられるように、藤田による戦後の宗教画は、主題の詳細な研究と古典への回帰に基づきながら、それを十分に咀嚼した上で独自の解釈を加え、長い画業の上に築き上げた独自の様式により描かれたといえるのではないか。2.寓意的主題藤田の戦後作品には、宗教主題とならび寓意的な主題を取りあげたものが多くみられる。ここでは『寓話集』と子供の主題について取りあげたい。『寓話集』は17世紀フランスの詩人ラ・フォンテーヌがイソップ寓話などに基づき著した詩集。フランスの子供たちは『寓話集』を通じて言葉を学び道徳観を身につけるという。フランスの伝統を象徴するこの詩集に関連する主題に、藤田は複数の作品で取り組んでいる。そのうちの1点《ラ・フォンテーヌ頌》(1949年、ポーラ美術館蔵)はキツネ一家が食卓を囲む様を描いたもので、壁には寓話「烏と狐」の一場面が飾られている。数々のモティーフが何か物言いたげに映るのは、藤田が絵作りの上で、動物たちを擬人化すること以上に、動物たちの表情や仕草の描写に重点を置いているからなのだろう。また、パリ在住の画家たちにより1961年に制作された挿画本『ラ・フォンテーヌ 二十の寓話』(注18)にも藤田は関わっている。旧蔵書にはグランヴィル挿画による3巻本(注19)、ドレ挿画による2巻本(注20)、ウードリー挿画による選集2巻本(注21)が含まれており、寓話集関連の制作にあたり研究を重ねたことが推測される(注22)。とりわけグランヴィル版第1巻には「烏と狐」と「牛と山羊と羊のライオンと共存する世界」の最初頁に古い紙片が挟まれており、藤田が《ラ・フォンテーヌ頌》を制作する際に図像源として参照したのではないかとも考えられる。子供の主題では、挿画本『しがない職業と少ない稼ぎ』(注23)などがこれにあたる。本作は、パリでつましく生きる職人や街角の物売りを子供たちの姿に仮託して描いた作品である。16世紀ドイツでは、ハンス・ザックスの詩とヨースト・アマンの木― 52 ―

元のページ  ../index.html#63

このブックを見る