注⑴『モダンデザインの先駆者 富本憲吉展』朝日新聞社、平成12年(そごう美術館ほかで開催)。『生誕120年 富本憲吉展』朝日新聞社、平成18年(京都国立近代美術館ほかで開催)。『富本憲吉のデザイン空間』松下電工汐留ミュージアム、平成18年(松下電工汐留ミュージアムで開催)。なお、本稿に記した富本憲吉の動向に関わる年代や内容は『モダンデザインの先駆者 富本憲吉展』所収「年譜」をもとにした。⑵前掲『モダンデザインの先駆者 富本憲吉展』、『富本憲吉のデザイン空間』のほか、『富本憲吉と西村伊作の文化生活』ル・ヴァン美術館、平成20年、『富本憲吉と一枝 ─暮らしに役立つ美しいもの─』富山市陶芸館、平成23年などがある。⑶『富本憲吉と瀬戸』瀬戸歴史民俗資料館、平成13年、『人間国宝の日常のうつわ ─もう一つの富本憲吉』東京国立近代美術館、平成16年などがある。⑷現在は京都国立近代美術館で保管されている。⑸前掲『生誕120年 富本憲吉展』、『富本憲吉のデザイン空間』。⑹平成24年5月末で富本憲吉記念館は閉館となり、現在は資料館として期間限定で開館している。⑺辻本勇、海藤隆吉共著『富本憲吉の絵手紙』二玄社、平成19年に掲載。⑻拙稿「富本憲吉の模様観 ─画巻、画帖を中心に」(『モダンデザインの先駆者 富本憲吉展』)の別表「富本憲吉の画巻、画帖、模様集一覧」と照合した。⑼『富本憲吉模様集三冊』私刊(20部)、大正13年−昭和2年。⑽伊藤助右衛門(1886−1967)は新潟県能生町(現糸井川市)在住の富本のパトロン。大正期から昭和戦前期にかけて、富本の作品を大量に購入し、富本一家とは家族ぐるみの付き合いがあった。⑾『野島康三』京都国立近代美術館、平成9年。『生誕120年 野島康三 ある写真家が見た日本近代』京都国立近代美術館、平成21年。⑿伊藤家関連の写真については、伊藤泰助氏に多くのご教示をいただいた。⒀本書は富本憲吉資料館に所蔵されており、筆者は内容を同館で確認した。⒁富本憲吉「私の履歴書」『私の履歴書 文化人6』日本経済新聞社、1983年、203−204頁。助手の条件は「若くて英語が話せ、建築を知っていて、写真をうつせるもの」だったので、当時の富本は留学した明治41年(1908)には、カメラを自由に扱える腕前であった。遺品写真の大半は富本自身が撮影したと考えられる。それゆえ、これらはその時々の、富本の興味の対象が如実に見て取れる、極めて貴重な資料といえるだろう。本報告書では紙数の制限により、写真の紹介もごく一部となったが、この他にも新たな富本憲吉像を構築する多くの事項が遺品写真には存在する。また、富本研究にとどまらず、明治末期に留学した美術家たちの動向や、昭和戦前期の九谷焼の状況など、興味深い資料も多い。今後これらの研究が進むことで、富本憲吉の多彩な活動の全貌が詳らかとなり、近代日本美術史および陶芸史に新たな一面が記されると考えている。― 77 ―
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