研 究 者:東京工芸大学 非常勤講師 國 本 学 史1.はじめに日本の色は、長い歴史に亘って展開している。八世紀頃に色材・色名が伝来し、古代から近世に至るまで、様々に変化しつつも、多くは変わらずに使い続けられてきた。しかし、基本的な材料が大きく変化しなかった近代以前に比較して、近代以降には西欧で開発された新しい化学・合成染料の流入があり、日本の色材・色名は大きな変容を遂げた。西洋の色名が伝えられ、色彩学的な知識も流入し、新しい色名が誕生した。それにより、「伝統的」な日本の色と、西洋の色、新しい日本の色が、近代以降に混在するようになる。近代以前の日本には、染色とその材について記した『延喜式』や、絵画における色材について記した『本朝画法大伝』等の史料はあるが、色自体について体系的に考察した文献は基本的に存在しない。近代に流入した色彩学的知識は、色材・色名が複雑に混在する状況において有用であり、積極的に取り入れられて、現代の「日本の色」の成立に大きな影響を与えている。しかし、今日では、現代のJIS慣用色名やカラーシステムに基づく名称、あるいは史料に基づかない伝聞的な内容の文献に拠って、色が見られることがある。一般的な呼称にとどまらず、文化史学・美術史学等専門的な議論の場においても同様の現象が危惧される。これは、近代日本における色材・色名が、色彩学の展開と関連してどのように歴史的変容を遂げたかについて述べた研究が、継続的に行われていないことに一因がある。本研究は、近代以降の日本において、新しい色材・色名が増加する状況を参照しつつ、その背景にある色彩学的知識の展開について整理し、近代日本の色の転換の様相を明確にする。2.近代日本の色材と色名西欧の油彩画・水彩画という新しい技法や色材がもたらされ、近代日本で色名が量的に増加した。近代以前にも、ベロ藍や合成ウルトラマリンといった色が日本に入っていたが一般的ではない。多くの「新しい」色材が流入するのは、明治期以降に顕著である。近代以前から用いられていた色名に加え、アルファベットの色名、名称の発音を充てられたカタカナの色名、東洋風の名称を付された色名等が登場し、複雑な様相を示すこととなる。明治32年(1899)発行の『製図彩色水絵具誌』には、明治31年(1898)頃より海外の絵具を輸入しはじめた中西屋書店(丸善)や文房堂等で絵具が― 82 ―⑧日本における色材・色名の変容と色彩学の展開
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