鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 178 ―研 究 者:アテネ大学大学院 哲学部 考古学・美術史学科 博士課程 武蔵野美術大学 非常勤講師エーゲ美術とは、前3000年頃から前1200年頃のギリシアの青銅器時代のキュクラデス諸島のキュクラデス文明、クレタ島のミノア文明、そしてギリシア本土のミュケナイ文明の順に最盛期を迎えた文明の美術の総称である〔表1〕。一般にエーゲ美術で広く知られる作品は、ミノア美術の自由闊達な表現を呈する「牛跳び」や「サフラン摘み」と名付けられたフレスコ画、尚武的主題を特徴とするミュケナイ美術の「獅子門」や「アガメムノンの黄金製マスク」が思い起こされる。本稿で取り上げる印章印影は、残念ながら我が国ではそれほど注目されてはいないが、数多くの遺跡から出土し、ギリシア国内外の多くの博物館などで展示されている。1.印章印影と図像研究後期青銅器時代(以下LBと略記)の印章の多くはレンズ型、アーモンド型などの形が主流で、印章の中央に糸通しの穴を持ち、ペンダントなどの装飾具として携帯されていたことが窺える(注1)。印章はそれ自体が社会的地位の象徴であったと推測されているが、印章を柔らかい粘土などに捺すことにより生じる印影は割符や公認などに用いられ、より実用的な役割を果たしたことが知られている。現存する印章印影は約一万点を数えるが、全体の約半数の出土地が不明であり、ここから得られる情報量は少なく、今後の発掘調査に伴い研究の発展が期待される。印章印影の平均的な大きさは、直径約2cm程度で極小の表現媒体であるが、それにもかかわらず、壁画などの大型の作品と同様、「女神の顕現」や「牛跳び」などの図像が表され、当時を知る貴重な情報源といえる。近年、印章に表わされる図像の研究は、図像そのものを考察する以外に、印章作製のための技術に目を向けることも始められた。印章に表わされた図像はその加工法により当然その出来栄えが左右される。また、黄金やラピス・ラズーリ、そしてクロケアイと呼ばれる特定の地域しか採鉱できない素材は、当時も貴重であったことが容易に推測され、このような材質からもエーゲ世界を知る手掛りを得ることができる(注2)。印章の材質については、これまでの研究によりある程度解明されてきている。印章は主に石、黄金や銀、そして 小 石 絵 美⑰ギリシア青銅器時代印章印影の研究─牛モチーフの図像学的発展─

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