鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 179 ―鉄などの金属、ガラス、そして象牙の4種類に大別される。なかでも石に着目すると、石はその硬さによって軟石と硬石に分かれる(注3)。加工法については、軟石は主にナイフや錐のような道具を使った手作業であり、他方硬石は弓旋盤と呼ばれる刃先を高速で回転させるドリルのような道具が用いられたことが知られている(注4)。また、軟石製印章と硬石製印章はそれぞれ独特の年代及び地域分布をもつ(注5)。軟石製印章は象牙製印章と共に初期青銅器時代からLB III期末まで続くが、硬石製印章はエーゲ世界に弓旋盤が導入された中期ミノアII期(中期ミノアを以下MMと略記)ごろ大量に出現し、LB IIIA1期頃には衰退する。硬石製印章はクレタとギリシア本土の両方で出土しているが、他方軟石製印章は主にクレタのみ確認され、ギリシア本土では後期ヘラディクIIIA2−B期頃確認されている。このような印章の材質ごとの特徴に着目したピーニは、図像と印章の材質の関係、すなわち材質ごとに異なる主題(Bildthemen)が好まれた可能性を提示した(注6)。たとえば、「頭鳥女神(bird-goddess)」と呼ばれる鳥の頭部と女性の身体を持つ図像はクレタの軟石製印章のみに表わされ、硬石は現時点で一つも存在しない。そこで本稿では、異なる材質間における主題の相違について取り上げたい。ピーニは、印章の材質ごとに主題の選択が行われた可能性を述べたが、筆者はある特定のモチーフが登場する主題が材質間や地域間で異なるのではないかと考える。1つのモチーフに着目し、そのモチーフが登場する様々な主題ごとに比較検討すると、より地域や材質、なかでも硬石製印章と軟石石製印章ごとに表わされる主題の傾向が明らかになるのではないかと考える。その手始めとして、ここではエーゲ世界で頻繁に表される牛モチーフを取り上げ、以下のように論説を進めたい。まず、牛モチーフがエーゲ世界でどのような位置付けとなるのかを簡単に述べる。次に印章印影に表わされる牛モチーフを選別するためにモチーフの定義付けをする。選び出された牛モチーフを表す印章印影をテーマごとに分類し、それを年代、地域、そして印章の材質ごとに分類し、比較検討を行う。本稿で扱う作例は、材質間の相違に着目することから、硬石加工用の道具の弓旋盤が使用され始めたMM II−III期からLB III期に年代付けられる印章印影を対象とする(注7)。作例は、「ミノア・ミュケナイ印章全集」Corpus der minoischen undmykenischen Siegel(以下CMSと略記)より選出し、分類するにあたり実見による調査を行った(注8)。2.牛モチーフギリシア神話のクノッソス宮殿に住む牛の頭部を持つ怪物ミノタウロスやエウロペ

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