鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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4.比較検討811点の作例を主題ごとに年代分布を調べたところ、「1頭の牛」「人間による狩」「2― 182 ―走する牛の背の上で人物が宙返りをする様子や、両角を握りぶら下がる場面が描かれる〔図9〕。作例66点中少数ではあるが、1人が牛の角を押さえ、もう1人が牛の背の上に跳ねている場面も知られている(注18)。「牛獲り」は牛を網で捉える場面を指し〔図10〕作例少数で11点だった。同じく7点と少数の「牛の押え込み」は人物が両手で牛の両角を掴むか、片手を牛の首に回し、締め上げるようなポーズを摂る場面を指す〔図11、12〕。さらに「生贄」の作例は12点で、祭壇上に牛が横たわった姿で表される。J. ヤンガーは「牛獲り」、「牛跳び」、「牛の押え込み」そして「生贄」は互いに密な関係を持つと推測し、「牛跳び」の牛(おそらく野生の牛)を捕らえ、牛跳びの宮殿の中央公庭で儀式を行い、その際「牛の押え込み」も共に行われたと解釈している(注19)。また、彼は「牛獲り」は網で牛を捉えているが、おそらく「人間による牛狩」もこれと同じ文脈と述べていて、筆者はこれらの解釈は妥当だと考える。「人間/神に引かれる牛」は14点あり、この情景も「牛跳び」や「生贄」に関わりを持つろう。ここでは人間か半神のゲニウスが登場する〔図13、14〕。「紋章風」は40点あり、2頭の牛が左右対称に配された象徴的な構図や〔図15〕、2頭の牛が反対方向を向くような、いわゆるテートベシュ(tête-bêche)の構図や牛が旋回するように並んだ構図を呈する場面を指す〔図16、17〕。「シンボル」は、エーゲ美術で有名な8字型の盾や聖なる結びと呼ばれるモチーフと共に表される場面で、50点が確認された〔図18〕。ここでは作例811点とそれらが属する各主題を年代、地域、材質の観点で比較し、著者なりに気が付いたことを簡潔に以下に述べたい。まず、それぞれの主題に目を向ける前に、作例全体の傾向を確認する。地域分布の観点では、出土地不明の作例が全体の約1/3を占めるため推測の域を出ないが、現時点ではクレタとギリシア本土はほぼ同じ割合で出土している。材質ごとの比率は硬石が優勢で約60%を占める〔表2〕。それに対し軟石はその半分にも満たない25%と大幅に少なく、牛モチーフが硬石製印章で多く表されたことが容易に推測される。年代推移については、大体クレタと軟石、そしてギリシア本土と硬石が似たような形を示す〔表3〕。すなわち、クレタと軟石はLB I−II期に最盛期を迎え、ギリシア本土と硬石は次のLB II−IIIA1期が最盛期となる。軟石がLB III期になり再び増加する理由はLB III期になりギリシア本土で姿を表す様式の出現によるものだろう(注20)。

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