― 183 ―頭の牛」そして「シンボル」はMM II−III期に姿を表すが、「人間/神による牛引き」「牛の押え込み」はLB II−III期に、それ以外は全てLB I−II期から登場することが分かった。これらの主題はそれぞれ最盛期が異なり、「1頭の牛」「牛跳び」「人間による狩」「牛獲り」はLB I−II期に、「2頭の牛」「親子」「紋章風」「牛と植物」「動物による狩」「シンボル」「人間/神による牛引き」はLB II−III期に訪れるようだ。また、「生贄」と「牛の押え込み」は特別な最盛期はなく、各年代で一定の数を保持する。主題ごとのクレタとギリシア本土の割合については、表4から全ての主題がクレタとギリシア本土の両方から出土したことが分かる。これら主題と地域との関係は、ある程度その傾向が認められ、「牛獲り」「人間による狩」「牛跳び」「人間/神による牛引き」「1頭の牛」「牛と植物」「シンボル」はややクレタが多く、特に「牛跳び」はその差が分かり易い。残りは全てギリシア本土の方が優勢であり、「牛跳び」に関わりを持つ主題の「牛の押え込み」「生贄」がギリシア本土で優勢であることは興味深い。ただし、現存する作品数があまりにも少ないので推測の域は出ない。材質の観点では、ほとんど全てが硬石製印章で表わされる〔表5〕。注目したいのは軟石製印章で、「1頭の牛」は硬石も十分大量に表されるが、唯一この主題のみ軟石の方がそれを上回る。「牛と植物」も硬石製印章の方が優勢とはいえ、軟石製印章においても十分好まれた主題と言えるだろう。この2つの主題以外は全て圧倒的に硬石製印章が用いられている。以上をまとめると、牛モチーフは、主題ごとに最盛期が異なり、LB I−II期とLB II−IIIA1に大別される。地域間の相違は際立って目立つ特徴はないが、材質の観点では特に硬石製印章で表わされ、例外的に、「1頭の牛」「牛と植物」は軟石製印章でも数多く表されることが分かった。おわりに以上述べたように、牛モチーフの主題は年代と材質でいくつかの傾向を持つことが明らかとなった。その理由は印章作製の道具、つまりナイフあるいは弓旋盤などの異なる専門技術を扱う職人たちの活動に由来すると考えるのが妥当だろう。軟石を専門に扱う職人たちは、「1頭の牛」「牛と植物」の場面は数多く積極的に作り上げたが、「牛跳び」等の主題は、彼らの主な活動範囲ではなかったのかもしれない。軟石の技術が硬石と比べ劣っていたのではなく、恐らく彼らに印章作製を発注する人物や組織の印章の利用目的ごとに決められたのではないだろうか。もしそうならば、少なくともエーゲ世界には硬石と軟石をそれぞれ専門に扱う2種類の職人たちがいて、彼らは図像
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