鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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研 究 者:府中市美術館 学芸員  小 林 真 結1 はじめに本研究は、近世から近代への転換期にかけて、特に和歌を中心とする詩歌と、絵画を中心とする美術との関わりがどのように変化したかを探ることを目的とする。これまでの研究において、近代日本美術は絵画と文学とを独立したジャンルとして扱う中で成立し、文学から離れた絵画の自立を目指すものであったことが指摘されてきた。ここで近代日本画家たちは、日本美術の特質としての文学性を援用しつつも、絵画の純粋性を追求することが求められた。絵画は何を描くべきかという論争の中で軽視されたかに見える文学主題は、実は同時代の文壇や歌壇の影響をも受けながら、形を変えて生き残っていったのではないだろうか。文学的要素は画賛などの直接的な形を避け、絵画自体の表現によって文学的なイメージの含意が行われたと考えられる。このように和歌を含む古典文学について、その表象がどのように変化したかを考えることは、近代日本美術の形成を考える上で避けて通れない問題である。本研究では近世以前には一般的であった画賛や色紙形という画面に直接文字を書き入れる手法が、近代の展覧会という場において排除されたのち、かわって文学的イメージがどのように表現されるようになったかを幾つかの事例によって検証する。その表現は近代絵画における琳派の受容という問題にも関わる。美術と和歌文学の関係をめぐっては、近年開催された三つの展覧会が注目される(サントリー美術館「歌を描く 絵を詠む─和歌と日本美術」平成16年、静岡県立美術館「物語のある絵画─日本画と古典文学の出会い」平成17年、島根県立石見美術館「和歌と美術─歌のたのしみ、絵のよろこび」平成25年)。特に「和歌と美術─歌のたのしみ、絵のよろこび」は、その対象を近代にまで広げ大正期以降の万葉ブームまでを視野に収めた、これまでに例のない展覧会であった(注1)。また詩歌や物語、謡曲を主題とする美術作品に関する個別研究は枚挙に暇がないが、近世以前の和歌と絵画を総合的に扱ったものとして、鈴木健一編『和歌の図像学』(和歌をひらく第3巻、岩波書店、平成18年)があり、造形諸分野における和歌イメージが多様な視点から論じられている。また近代美術と文学という観点からは、物語・謡曲との関わりからの論考があり、下村観山については、《菊慈童》(明治42年)や《弱法師》(大正4年)といった能を主題とする作品に関する研究が複数ある(清水玲子「観山と能」『近代― 190 ―⑱近代美術における詩歌と文学─明治期の絵画と和歌との関わりから─

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