第1期は、主に草書落款を用いた時期である。草書落款は安村氏によって2つのタイプに分けられ、其一の「一」が上下に波打って横に引かれる字体(①タイプ)から、起筆の打ち込み後、一端上へ引かれたあと直線に横に伸び、しっかりと終筆で止めがなされる字体(②タイプ)に移行することが指摘されている(注1)。さらに「其」の字のほうに注目すると、第2画が前期の①タイプでは打ち込み後そのまま横に伸びるが、後期の②タイプでは左払いがあってから横に伸びていることが認められる。― 213 ―研 究 者:とちぎ蔵の街美術館 学芸員 竹 林 佐 恵本研究は、江戸後期の絵師、鈴木其一(寛政8〜安政5年[1796〜1858])の画業における画風確立期についての研究である。其一の画風の変遷は、酒井抱一入門からその没後3年後までの第1期(文化10〜天保2年[1813〜1831]頃)、「噲々其一」落款を使用した画風高揚期(天保2〜天保14年[1831〜1843]頃)の第2期、「菁々其一」落款を使用した画風円熟期(弘化元年頃〜安政5年[1844〜1858])の第3期の主に3期に分けられる。現存する其一の作品群から、画業初期の第1期は酒井抱一の内弟子として、画風も少なからず影響を受けていた時期で、其一らしい鮮やかな色彩の趣向に富んだ造形性は、第2期に花開き、第3期でさらに円熟を迎えると言える。なかでも、第1期から第2期にかけては其一らしい独自の造形性が形成された画風確立期と呼ぶべき時期であり、しかもその画業を考える上で、核となる重要な時期である。本研究は、特に画風確立期に焦点を当て、鈴木其一の独自の造形性がどのように形成されていったのか、画業の中で位置付けることを目的とする。本作の落款「必葊其一筆」の書体は、後期の②タイプにあたり、同じ「必葊其一筆」第1期の作例として、新出の《松竹梅鶴亀図屏風》(喜多川氏蔵)〔図1〕を取り上げたい。この作品は画業初期にありながら、その後の其一の造形性を予感させる要素が見て取れる重要な作品である。紙本着色の六曲一隻屏風(縦133.0cm×横313.6cm)で、「必葊其一筆」の落款、「元長」朱文鼎印を捺す〔図2〕。屏風は桐箱に収められており、「屏風半双松竹梅鶴亀繪 江戸其一筆 真如院所蔵 文政十一年戊子正月吉日」という箱書きを伴う。誰の手による箱書きかは不明であるが、文政11年(1828)は師の抱一没年の年にあたり、箱書きの内容が正しければ、その直前に描かれたものということになる。⑳鈴木其一の画業における画風確立期に関する研究
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