鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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本論では、ニューヨーク・ダダ期におけるオブジェ・ポートレート(object-portrait)の分析を通して、同時期に制作されたオブジェとポートレートのあり方を考察する。報告者がこれまで取り組んできたマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp 1887−1968)研究においては、芸術家像の表象の問題に着目し、デュシャンと彼の別人格とされるローズ・セラヴィを中心に考察を行った。続いて、デュシャンと同時代の芸術家たちによる自己表象の作品にまで分析対象を広げ、ニューヨーク・ダダの一群の芸術家たちに「互いの肖像を制作し合う」「相手の作品に応答するような作品を制作する」といった相互関係が存在することを確認し、考察を進める過程で、「オブジェ・ポートレート」(Object-Portraits)として解釈される作品群に着目するに至った。「オブジェ・ポートレート」とは「対象との間にそれと認識可能な関係性を有しておらず、対象の模倣でもないが、対象の特質を示すことばやイメージ、かたち、ときにはものの組み合わせ」と定義される作品群である(注1)。こうした作品には、芸術家のアイデンティティを多義的に表象するものとして捉えられているものがあり、ニューヨーク・ダダ期におけるオブジェ・ポートレートは芸術家の肖像やアイデンティティの問題と関連付けて考察されてきた(注2)。本論は、個々のオブジェ・ポートレートにおけるオブジェの特徴を指摘し、同時期に制作されたレディ・メイドとオブジェの機能の分析を踏まえてオブジェ・ポートレートを考察することで、ニューヨーク・ダダ期のオブジェについて再考を目指すものである。1.デュシャンとレディ・メイド、オブジェまずはデュシャンの作品から当時の芸術動向を振り返り、本論で扱う「レディ・メイド」「オブジェ」「ポートレート」の射程を確認しておきたい。第一次世界大戦下の1915年、ニューヨークへ渡ったデュシャンは、現代美術のコレクターとして知られるアレンズバーグ夫妻のサークルに集い、マン・レイや男爵夫人等の芸術家たちと交流― 250 ―宮 内 裕 美序㉓ ニューヨーク・ダダにおけるオブジェ・ポートレート ─ マルセル・デュシャン、マン・レイ、エルザ・フォン・フライターク=ローリングホーフェンを中心に─研 究 者:お茶の水女子大学 文教育学部 アカデミック・アシスタント

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