鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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注⑴ Barbara Zabel, “The Constructed Self: Gender and Portraiture in Machine-Age America”, in Naomi ダダの文脈で芸術家・作家として活動したガートルード・スタイン(Gertrude Stein 1874−1946)、キャサリン・S・ドライヤー(Katherine S. Dreier 1877−1952)、ステットハイマー姉妹(Carrie Stettheimer 1870−1944, Ettie Stettheimer 1874−1955, Florine Stettheimer 1877−1944)等、デュシャンと親交を深めたユダヤ系の「新しい女」たちとの関係の影響も指摘されている(注20)。男爵夫人の《マルセル・デュシャンのポートレート》においては、男爵夫人の女性性とデュシャンの男性性を、また、マン・レイの《セルフ・ポートレート》においては、マン・レイのアイデンティティが男性性と女性性の双方に関連付けて表されていることをそれぞれ確認したが、ローズ・セラヴィのアイデンティティの多義性に関する指摘を踏まえるなら、両作品には同時期以降に活動を活発化するデュシャンの別人格であるローズ・セラヴィの存在が想起される。性的なアイデンティティの多義性というテーマは、《ローズ・セラヴィとしてのマルセル・デュシャン》といったポートレートに見られるように、ローズ・セラヴィにおいても共有されていたことがうかがえるのである。まとめ以上、デュシャン―ローズ・セラヴィ―マン・レイ─男爵夫人による「レディ・メイド」「オブジェ」「ポートレート」の作品について、相互の関連を踏まえて分析してきた。ダダのポートレート作品について、先行研究ではシュルレアリスムにおける芸術家たちのポートレート(特にセルフポートレート)が統一的な自我への疑念に基づくアイデンティティ探求であるのとは異なり、パロディの様相が濃く表層的であると指摘されてきた(注21)。しかしながら、ニューヨーク・ダダのポートレートについてオブジェを通して見直してみると、異質な要素の組み合わせが性的なアイデンティティの多義的な表象をより明示的にしたことが確認できる。この度取り上げられなかったオブジェ・ポートレート作品については、オブジェとポートレートとの関連を踏まえて今後分析を行う必要がある。とはいえ、ニューヨーク・ダダ期のオブジェがポートレート作品のあり様に変更を加え、オブジェ・ポートレートを介してポートレートによる表現の可能性が更新されて行ったことを、デュシャン、マン・レイ、男爵夫人の作品は示していると言えよう(注22)。― 255 ―

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