─「シバの女王とソロモン王の会見」その源泉をめぐって─研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 長 沢 朝 代― 260 ―はじめにフィレンツェ大聖堂附属洗礼堂東側門扉、通称《天国の門》は、ロレンツォ・ギベルティ(1378/1380−1455)によって制作され1452年に完成した。扉は旧約聖書の物語を表わした10枚のパネルから成っている。アダムとエヴァの主題から始まり、10番目のパネルには「ソロモン王とシバの女王の会見」〔図1〕が配されている。「ソロモン王とシバの女王の会見」は、それまでイタリアの旧約聖書サイクルに描かれることはほとんどなかったことが指摘されている(注1)。本研究は、《天国の門》の「ソロモン王とシバの女王の会見」の図像が、アルプス以北の聖堂に見られる彫像や、『貧者の聖書』などの写本に描かれたソロモン王とシバの女王の図像とは異なり、人文主義的主題ともいえる著名人たちの伝記(uomini illustri) に源泉がある可能性を検討するものである。ソロモン王とシバの女王の図像シバの女王がエルサレムのソロモン王を訪れる図像は、マギの礼拝の予型として、さらに『マタイ』12:42の一節から、終末を表わす図像として解釈される。アルプス以北では数多く見られるシバの女王のソロモン王訪問の図像、あるいは二人が並ぶ彫像は〔図2〕、イタリアではほとんど見られなかったことを確認したい(注2)。フィレンツェの北およそ10kmに位置する集落チェルチーナにあるサンタンドレーア聖堂の廻廊には、1480年頃に制作された新旧約主題のフレスコ画が描かれていた。旧約の主題にはソロモンの主題が含まれたが、このフレスコ・サイクルのソロモンの主題としては「ソロモンの審判」〔図3〕が選択されている。ドゥッチョによる祭壇画《荘厳の聖母》プレデッラ(シエナ大聖堂附属美術館等所蔵)〔図4〕の復元図によれば、旧約の預言者と新約の場面が交互に描かれ、その中に「マギの礼拝」とソロモン王の姿が見られる(注3)。しかしシバの女王はソロモン王が持つ巻物に記された『詩篇』72:10によって暗示されるにとどまっている。ドゥッチョの《荘厳の聖母》のプレデッラは、イタリアでは旧約サイクルの中にソロモン王とシバの女王を並べて図像化する伝統がなかったことを示していると言えるだろう。㉔ ロレンツォ・ギベルティ作《天国の門》
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