― 262 ―オルシーニ枢機卿邸の壁画サイクル《著名人伝》(Uomini Famosi)著名な人物たちの伝記を集めたペトラルカのDe viris illustribusやボッカッチョのDe casibus viorum illustrium(注8)を題材にした壁画が、14世紀半ば頃から公的な建築物や宮殿の広間に描かれるようになっていた(注9)。その中の一つ、ジョルダーノ・オルシーニ(1360頃−1438)枢機卿のローマ邸宅壁面には、アダムとエヴァから始まる300人以上の著名人たちが描かれ、ソロモン王とシバの女王もこの壁画に含まれていた。《著名人伝》(uomini famosi)の壁画は1432年までには完成していたと思われ(注10)、その後15世紀末には破壊されたが、挿絵と人物の名前を記録したクレスピ・コレクション本、パリ国立図書館本など8冊の写本によってその全体像が伝えられている(注11)。そのうちクレスピ・コレクションは直接壁画から写されたと考えられ、レオナルド・ダ・ベゾッツォ(1421−1481)のサインが残されている (注12) 。壁画の制作者は、マゾリーニ(1383−1440頃)の名前が挙がるものの、断定されていない(注13)。注文主であるオルシーニ枢機卿は、教皇マルティヌス5世とエウゲニウス4世の側近であった。残された写本から著名人たちは、4世紀の神学者エウセビウスらに由来する分類法によって六つの世代に分類されていたことがわかる (注14)。人物たちには銘が記されており、第一世代はアダムとエヴァから始まる。ダヴィデ〔図6〕から始まる第四世代にソロモン王とシバの女王は含まれている。ソロモン王とシバの女王はカルタゴ女王ディドの次に登場する〔図7〕。ソロモン王は王冠と足元まである衣服を身に付け、左手には本、右手には神殿のひな形を持っている。本はソロモン王の知恵を表わし、ひな形はソロモン王が20年を費やして神殿を建設したことを表わす。ソロモン王に向かって右側に立つシバの女王は、右手には王笏を持ち、足元まであるマントとつばの形に特徴のある帽子を身につけている〔図8〕。つばの先が鋭角で側面は上部に折れたこの帽子は、旅行用であろう(注15)。『列王記上』10:1−2に記されるようにソロモン王のすばらしい知恵の評判を聞き、遠い国から贈り物をたずさえてエルサレムのソロモン王を訪れたシバの女王を描いているのだろう。オルシーニ邸の《著名人伝》サイクルの人物選択は、83〜86%がバンディーノ(1335−1415頃)の著作fons memorabilium universiと一致することが指摘されている(注16)。ソロモン王とシバの女王の名もこの中に見出せる。しかし300人以上の人物選択はこの著作からだけでは説明できず、ほかにも源泉はあったのだろう(注17)。バンディーノら以前にはすでにボッカッチョ(1313−1375)が、西洋文学の中で初め
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