清水寺式千手観音の四十手図像に関する調査研究研 究 者:横浜美術大学 美術学部 准教授 濱 田 瑞 美はじめに清水寺式千手観音の「清水寺式」とは、千手観音の42本の手のうち2本の手を頭上に挙げて化仏を戴く形式のことである。京都・音羽山清水寺の本尊がこの形式をとることからそのように称され、「清水寺形」「清水式」「清水型」などとも呼ばれる。千手観音の脇手は、千手観音の図像典拠の基本経典として知られる伽梵達摩訳『千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經』(以下『千手経』)に説く「四十手」に基づくものであるが、それら四十手のうち、第3手の「寶鉢手」および第34手の「合掌手」がそれぞれ2手で成されるものと解されており、実際の作例では計42の手があらわされる。奈良時代以来の日本の千手観音像は、通常、頭上に化仏手をあらわさない。清水寺式の頭上の2手については「経典や儀軌には規定されない形」との理解が一般化しており(注1)、“特殊な図像”としての印象が強い。その一方で、『千手経』を研究された野口善敬氏は、頭上の化仏を戴く2手について、同経に説く40手のうちの「頂上化仏手」を指すものとする(注2)。「頂上化仏手」という名称から、これが頭上で化仏を戴く2手を指すとの想定を十分可能とし得るように思われるが、経典には頂上化仏手が左手あるいは右手の1手であらわすことを説くものがあり(後述)、実際の作例においても、化仏をとる手が左右にそれぞれつくられて「化仏手」と「頂上化仏手」をあらわすものが多い。一方、清水寺の前立て本尊の千手観音像では、化仏は頭上に戴くのみである。もとより、彫像の場合、脇手や持物が後補である可能性を考慮にいれる必要があるが、現状、清水寺式の典型をなす像において化仏が1体のみしかあらわされていないことが、清水寺式を経軌に基づかないとする見解の根拠の一つとなっているといえよう。しかし、清水寺式の絵画作品では、2手による頂上化仏手の他にもう1本の化仏をとる手があらわされる例が散見される。文献においても、頂上化仏手を2手であらわすと記すものもあり、清水寺式は経軌によらない特殊な図像であるとは必ずしもいえないと思われる。そこで、後補による手印・持物の改変の心配のない絵画作例(版本を含む)を対象とし、清水寺式千手観音の脇手の図像調査を行った。本稿はその調査結果に基づき、清水寺式に特徴的な頂上化仏手の問題を中心として文献記録と図像との照合を行うも― 297 ―
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