台山(巻7条38)・北雁蕩山(同前)など、路程に近い名勝の簡単な説明も付す(注12)。浙江名勝の絵画化には長い伝統があり、単一の景を描いたものとしては、天台山・雁蕩山・普陀山・西湖・鑑湖(紹興府)、また王羲之や王徽之の故事で知られる蘭亭・剡溪(共に紹興府)などについて、唐・宋・元の作例が知られている(注13)。一方、戴進(1388~1462)款「浙江名勝図巻」(北京故宮博物院)は、付属の呉寛跋によれば、西湖周辺から、剡渓・金庭山・雪竇山・天台山・雁蕩山を経て海に至る複数の景を連続して描くものである。沈周(1427~1509)が蘇州を描いた同種の画巻の模本(ネルソン・アトキンス美術館ほか)、雪舟(1420~1506)が中国作品を参考にして北京から紹興・寧波に至る各地を描いた画巻の模本(ボストン美術館ほか)の存在からも、15世紀後半には、空間を移動しつつ、距離の離れた複数の浙江名勝を描く作例があったと推定できる。また、蘇州から休寧までの旅程を描く、陸治「白岳紀遊図冊」(藤井斉成会有鄰館)にも、七里龍・白馬夫人廟・響山潭など厳州府の名勝が連続して描かれている。複数の名勝を独立景として描いた、画冊形式の作品としては、宋旭(1525~1607)の「浙景山水図冊」(上海博物館)がある。宋旭は、浙江・崇徳出身、後に松江に移り、旅游文化の興隆を背景に、五岳を含む名山図冊を多く手がけた画家である(注14)。「浙景山水図冊」は、特に浙江の名勝に対象をしぼり、呼猿洞・飛来峰・銭塘・水楽洞・三天竺・慈雲嶺・南屏山・五雲山の西湖周辺の名勝、余杭の洞霄宮、東西天目山、釣台、会稽山、蘭亭、剡溪、雪竇山、天台山の華頂と石梁、北雁蕩山の大龍湫、永嘉江の20の名勝が描かれる。中国全土の名勝を図と文で紹介し、旅行案内として出版された、楊爾曾『海内奇観』(1609年)では、計4巻が浙江にあてられる。挿図としては、巻3に西湖の全図・周辺の名勝8図・詠西湖10景10図、巻4に呉山(杭州)図・詠銭塘10景10図・詠五雲6景6図・天目山全図、巻5には、王士性「越游注」と同文を付した両越名山の全図・普陀山の寺殿2図と13頁半にわたる全図、巻6には天台山全図・雁蕩山題詠20図を載せる(注15)。『名山図』(1633年)は、西湖、径山(余杭)、天目山、石門、雁蕩山、龍湫、仙巌山(瑞安)、石梁、赤松山(金華)の9図を収録する(注16)。張宏「越中名勝図冊」は、このような浙江旅行の人気を背景に、その名勝を描く伝統をふまえて制作されたのである。― 311 ―
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