3、「越中名勝図冊」の構図法─明代後期の山水図との比較を中心に─蘇州の紀游山水図冊としては、陸治「白岳紀遊図冊」や銭穀「白岳遊図冊」「紀行冊」(共に台北国立故宮博物院)が知られている。これらが、主に画面水平方向の水路を基調とする、画巻に近い連続性のある画冊であるのに対し、「越中名勝図冊」は、垂直方向に視線を導く、より独立した構図が多いことが特徴といえる。張宏がどのような先例に基づいて、実際に見た景観を画面上に切り取ったのか、検討してみたい。「越中名勝図冊」第7図は、画面右下に広く水面をとり、左下の松林から橋を渡って門に向かう乗輿の旅人の行く道、および遠方の柳堤を対角線上に描く。類似した構図は、南宋の画家・葉肖厳の伝称を持つ「西湖十景図冊」(台北国立故宮博物院)の「断橋残雪」〔図9〕に見られる。「西湖十景図冊」は明代浙派周辺の作とされ、南宋画に特徴的な対角線構図が名勝図冊に用いられた例である。また、画面左下に重心を置いて前景を描き、大きく水面を空けて対岸の城市を配する「越中名勝図冊」第2図も、橋を除けば、「西湖十景図冊」「柳浪聞鶯」や「両峰挿雲」に構図の原型がある。文伯仁「金陵十八景図冊」(上海博物館)第18図や、「姑蘇十景図冊」(台北国立故宮博物院)の「胥江競渡」にも同様の構図が用いられており、張宏自身も「蘇台十二景図冊」(1638年、北京故宮博物院)の「胥江晩渡」でこれを踏襲する。いずれも「西湖十景図冊」より前後景を離して、中間の水面を広げる点に、文徴明以来の蘇州文人の山水景に対する好みが反映されている。「越中名勝図冊」第5図に見られる、中央を垂直に流れる水流を基軸として両側に山を配する構図は、文徴明「倣王蒙山水図」(台北国立故宮博物院)やその影響を受けた張復「山水図」(景元斎コレクション)など、蘇州文人の長条幅山水の伝統を継承する。李士達(1540頃~1621以降)「竹裡泉声図」(東京国立博物館)は、画面の大小差はあるものの、その縦横比や、基軸となる川の消失点の位置、水流の激しさの極端な変化などの点でより張宏画に近い。名勝山水図冊にこれらの構図法を採用した先行例としては、宋旭作品が重要である。「浙景山水図冊」では、水面を広く空け、両岸を対角線上に配する「甌江(永嘉江)」が、前述の文伯仁や張宏作品と類似する。加えて、「山陰蘭亭」〔図10〕では、蛇行しながら山間の建物に向かう道と手前の渓流が、「大龍湫」では垂直に落下する瀑布が、「厳灘(釣台)」では左上から右下に流れる川とそれに沿う山道が、それぞれ構図の中心線として鑑賞者の視線を導く。宋旭「名山図冊」(北京故宮博物院)の「蜀桟秦閣」では高山にかかる桟道を右下から左上への対角線として描く。以上の構図には、「越中名勝図冊」第1・3・4・8図と共通性がある。張宏は、対角線や垂直線― 312 ―
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