研 究 者:カナダ・カルガリー大学 言語語学文化学科 教授 楊絵巻は摸写されていた。絵巻摸写という活動は江戸時代の中、後期を中心に盛んに行われ、その成果は鎌倉時代から伝わった絵巻作品のほとんどすべてに及び、とりわけ近代的な複製技術が成立する前にあって、重厚で豊かな美術や文化的な役割を背負い、古典作品の保存や伝播に大きく貢献した。一方では、絵巻の摸写はいまだ学術研究の対象として十分に注目されるには至っていない。個別の作品を対象とした、それぞれの文脈においての散発的な考察があるが、絵巻摸写を全体的に捉え、これを分析、評価する枠組みが望まれる。ここに、「後三年合戦絵詞」(以下「後三年」とする)摸写作品群を手がかりに、絵巻摸写研究の射程を探ろうとする。一、「後三年」摸写群の概観まず、「後三年」摸写諸本の現存状況を簡略に記しておきたい。『国書総目録』(増補版、岩波書店、1989年)は、東京国立博物館蔵「後三年合戦絵詞」(重要文化財、以下「東博重文本」とする)をはじめ、あわせて二十二の機関や個人所蔵の三十二点の伝本を収録している。ただし、絵が含まれない冊子本の書写も対象としているので、それらを除いた絵を含む摸写は十九点と数える。これに対して、国文学研究資料館が運営する「日本古典籍総合目録データベース」は、さらに六点を加えた。これに加えて、上記の二つの基本書誌目録に収録されていないが、図書館や美術館などに所蔵されている「後三年」摸写はさらに七点報告されている。以上、東博重文本と、あわせて三十二点の摸写は、「後三年」摸写群の全容を構成している。ここにとりわけ特筆すべきなのは、デジタル環境においての摸写本閲覧環境の変化である。急速に展開された公共図書館、美術館などにおけるデジタル公開において、古典画像資料がつねに重要な一席を占め、その中で絵巻の摸写へのアクセスは大きな恩恵を受けている。現時点では、計十点は作品全点、一点は部分のみ、一点はローカルでの展示という形でデジタル化や電子公開が実現され、その規模はすでに現在知られている摸写諸本の三分の一程度に上っている。なお、ここに述べている基本書誌目録未収録の諸本、それに電子公開諸本の一覧は、別稿に記したので、「後三年」摸写についての簡単な研究史とあわせて、ご参照ください(注1)。― 23 ― 暁 捷③絵巻摸写研究の射程─「後三年合戦絵詞」摸写群を手がかりに─
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