鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 341 ―襲職祝賀のために来日した朝鮮通信使を通じて朝鮮国王に贈られた20双の屏風のうち1隻分にあたることが『東洋美術大観』の「朝鮮御用御屏風御入用等書付」によって確認された。日本国王使に対して信を通わす使者として派遣された朝鮮通信使は、形式としては徳川幕府と朝鮮王朝との間を往来したが、本来は徳川将軍と朝鮮国王との間の善隣友好関係を象徴する使節だった(注4)。日朝両国にとって大きな政治的意義をもった通信使および日本国王使による往来は、その目的達成以外にも文化面での交流によるさまざまな産物を生み出したことが先行研究によって報告されている(注5)。また『古画備考』39巻「狩野譜」には「狩野梅笑、始興信、又栄信、宝暦三酉年ヨリ御用相勤、明和元年、朝鮮へ被下御屏風相勤(後略)」と記述され、明和元年(1764)朝鮮に贈るための屏風絵制作に従事したことが確認できる。また同書45巻「宮殿筆者」中、「朝鮮屏風筆者」の項には「明和元年同断(朝鮮来聘之節、被遣候御屏風画筆者)に「一双梅笑師信」、さらに梅笑の『由緒書』に宝暦12年(1762)朝鮮御用「牡丹・菊に流水図」1双と記録されていることから「菊に流水図」1隻分を失ったことが分かる。本作品は全面が金地で金雲、金霞の中に牡丹、岩、流水といった限定された数のモチーフを配置し、クローズアップしたような画面構成をとっている。風にそよぐ牡丹の花は大形に描かれ、陰影をいれ立体感を出そうとしている。「牡丹流水図」は数株の牡丹花叢に流水と巨石をかきそえ、大振りの花弁には隈どりをほどこしている。画面の上下に緑の盛り上げの目立つ金雲や金霞を配している。ねじれて間隙をつくる石は、白緑で下地をととのえて墨や金泥で粗々しいくくりをいれ、皴と点苔に特色がみられる。画面の上の部分にはすやり霞を使用し金雲の外側には厚く塗り重ねている 。金箔には緑系のものが混じえられているように感じられ、岩は白綠で描かれており、墨と金泥で輪郭線を描きアクセントを加えている。その上には苔點を描き、岩の表現、流水、華麗な牡丹花と岩石は対照的にあつかわれ、これもまた当時の類型的な探幽を初めとした江戸狩野樣式で表現されたと考えられる。牡丹図は幕府の拠点であった江戸城の障壁画をはじめ屏風などに数多く描かれ、幕府の好んだ画題であった。江戸城の場合、牡丹は「御好み」によって描かれ、特に狩野養信が描いた江戸城西の丸、大奥対面所二の間の下絵にも「牡丹流水図」〔図3〕と類似した画題が数多く描かれていることから牡丹は広く好まれていたことがわかる。このような例から「牡丹流水図」に描かれている岩、牡丹、流水という画題は狩野派にとって一般的に描かれた画題であったことが確認できる。

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