鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 354 ―第三章 人物描写における合巻の参照文化期後半(1811−1818)以降の大きな変化は、登場人物の描写において、当時勃興し始めていた(注20)新たな小説の形式である合巻の描き方を取り入れた挿絵が増えていくという点である。これは特に江戸読本において顕著であり、また、二つの段階が見受けられる。すなわち、はじめは、人物の顔に歌舞伎役者の似顔を思わせるような描き方が取り入れられる(注22)。例えば、初代歌川豊国が描いた『双蝶記』(山東京伝作、文化10年[1813]刊)の口絵〔図20〕では、登場人物の男性〔図20部分図〕は、それまで読本の挿絵に描かれてきたような、特徴の少ない簡略的な目鼻立ちではなく、蒲鉾型の目、筋の通った鼻、への字に結ばれた口など特徴を持った顔立ちで描かれる。この顔は、三代目沢村宗十郎(1753−1801)の似顔〔図21〕を思わせる。また、挿絵の登場人物の顔〔図22及び同部分図〕も、五代目松本幸四郎(1764−1838)〔図23〕を思わせる、釣り目、鷲鼻の顔である。しかし読本の挿絵では、役者似顔風の顔立ちになっているものの、誰某と明確に断定できる程の特徴は認め難い。他方、合巻の場合は、役者が実際に使用している紋を挿絵の中に描きいれ、また、似顔も誰某の似顔と特定できるだけの顕著な特徴を持ち、役者似顔を取り入れる姿勢はより明確である。この段階では、人物に用いられる描線は打ち込みが強調されており〔図22部分図〕、また、背景への緻密な描き込み〔図22〕は引き続き行われるため、挿絵全体として見ると、人物の顔以外には従前からの大きな変化は見られない。変化の二つ目の段階として、衣服を描く描線が平明で直線的になり、躯体を短く、頭が肩よりも低い、いわゆる猪首猫背型のプロポーションで身体が描かれるようになることが挙げられる。例えば、渓斎英泉(1790−1848)による『勧善常世物語』(曲亭馬琴作、文政6年(1823)刊)の口絵〔図24及び同部分図〕の人物の衣服は、袖口や襟元の衣紋線が直線的な筆致である。身体も小柄で、首は肩より下に描かれ、顔も、目が大きく、役者絵風に描かれる。この二つ目の段階に至っても、背景を密画で描く手法は維持されているが、このような直線的な描線を用い、ずんぐりとした身体を描く方法は、読本と並んで流行した合巻の挿絵〔図25及び同部分図〕においても確認される。読本挿絵の人物描写におけるこうした合巻への接近には、新興の小説形式である合巻の視覚的特徴を取り込むことで、凋落しつつあった人気を取り戻そうとする制作側の目論見がうかがえる。おわりにこのように、読本の挿絵は、発生当初は、既存メディアを参照した複数の様式が併

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