鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 363 ―づく非日常的な夢幻の理想郷の描出を目指したものであるがゆえに、金地を背景として人物は履物を履かずに描かれたとし、後者は実際にありえた現実世界でのワンシーンを再現することに作品の肝があることから素地に履物を履いて表されているとする。以上の説に則れば、素地上で履物を履かないこの若衆観楓図は、探幽が風俗画の手法を正しく認識していなかったどころか、当時の一般的な感覚すら持ち合わせていなかったことの表れとも取れかねない。しかし歴史的には穢れた現世に降り立つ神仏は履物とともに描くという伝統が存在しており(注13)、それが畠山氏の指摘のように「感性的規範」とまでなって近世初期風俗画にも踏襲されているのだとすれば、探幽がそれを知らなかったとは考えにくい。そうするとこの若衆観楓図には履物を履かずに降り立つ「日常・俗なる世界」こそが、聖なる世界であるとの意味が表されているのではないだろうか。このことを考える上で重要になるのが、総金地表現の抽象性である。現実の空間を構成するモチーフを捨て、余白をすべて金で埋める。それによって夢とも現とも区別のつかない、非日常的で抽象的・虚構的な空間が描出される。当時「浮世」の思想が台頭し、『慶長見聞集』には「今が弥勒の世なるべし」と語られた。現世を浄土として、非日常的な理想世界として表出する方法の一つが総金地表現だったという(注14)。一方探幽の表現に目を戻してみると、若衆観楓図では右半分の大部分が余白だが、ここには景観の続きがあるのかないのか、はっきりとはその意味が限定されていない。このような視覚の獲得こそが探幽芸術の本質とされるが(注15)、この余白の抽象性と総金地の抽象性には通い合うものを感じる。おそらくこの余白には金地と同じような役割が与えられており、画面空間に一定の聖性、「日常・俗なる世界」を「非日常・聖なる世界」へと転換してしまうような効果があったと思われるのである。4.余白の象徴性では「日常・俗なる世界」が「非日常・聖なる世界」であることと、余白はどこで結び付くのだろうか。それこそがなぜ余白を旨とした叙情的な表現が「当世風」でありえるのかという問題の核心でもある。筆者はこれについて当時「心外無別法」の語に象徴されるように、すべては「心」の問題として収斂される傾向があったことと関係することを指摘したい。例えば大桑斉氏は近世初期の仮名草子にあらわれる「煩悩即菩提」が「心外無別

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