鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 377 ―たためか、先の京風景図より形式化されたような少し堅い印象を受ける。しかし、どちらも版画の彫跡まで正確に写し取っており〔図10〕、特に「明州津図」の消失点へ向かう擁壁の密度の高い描線には遠近法への執念を感じる〔図13〕。本図巻の「中国湖水図」と「明州津図」の主題は、両者とも本図巻とは別に木版筆彩の眼鏡絵が制作されており、「明州津図」に至っては単純化されているが反射式3点、直視式1点と中国風景図の中で最も多くの木版眼鏡絵が現存している。これは、先に見た《鎮江樹林》と同様に、遠近感を強調した図様ということもあり、需要が高かったことを推測させる。また、本図巻の「明州津図」は、古筆了任による極では「和蘭陀海港図」とされているが、実際は中国浙江省寧波市の明州港の図様に、同江蘇省蘇州市の万年橋を描いた二重像である。おそらく、画面左下の船上にはためく旗の配色がオランダ国旗に近いことからオランダ船と解されたと考えられるが〔図11〕、17世紀の寧波船〔図12〕と比較すると旗や細部が近似している。また、万年橋については、蘇州版画に多く見られる主題であり(注12)、応挙筆とされる木版反射式眼鏡絵《姑蘇万年橋》も現存している。次に、本図巻の「中国湖水図」と「明州津図」の陰影表現に注目すると、どちらも原図に倣ったものであると思われるが、平行に重ねた鋭い描線が水面上に多く見られる。「中国湖水図」では、静止した水面を表わしているのに対して、「明州津図」では意識的に船や橋の下に描線が密集しているため、応挙は影を認識していたのであろう。さらに本図巻の「明州津図」の万年橋に注目すると、橋の裏側が描かれており、「四条芝居小屋図」と同様にやや仰角の構図であることが分かる。橋脚部分の内側は、小失点に向かって描線が密集し、濃く彩色したかのような陰影効果によって、橋脚全体に立体感が生み出されている〔図13〕。しかし、4本の橋脚には縦に細長く背景の空と同じ青色が塗られており、その細い空間の所々に雲のような白い部分も見られる。これはまるで橋脚に細長い穴が空いて背景の空が見えているかのような、現実的にはあり得ない表現であり、応挙は原図だけでは正確な空間を把握しきれなかった様子が窺える。また、空の描写については、本図巻の4点とも青く塗られ、地面との明確な描き分けがなされている。特に本図巻の「明州津図」は同図巻の他の3図の中でもはっきりと雲の部分が白く塗り残され、少なくとも2種類の形状に描き分けられている。そもそも空を青く彩色する表現は、後の秋田蘭画や江戸の洋風画ではしばしば見られる

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