研 究 者:オレゴン大学 美術史建築史学科 助教授 ウォーリー 朗子はじめに本研究は東アジアにおける舍利信仰のあり方を、いわゆる「入れ子型」舍利具を通して再検討するものである。「śarīra」とは釈迦の「遺体」と「遺骨」の両方を意味する。舍利容器は、この最も神聖なśarīraを保持するものであるがために、「仏身とは何か」「涅槃とは何か」など、仏教の根源的な問いに対する供養者の理解を端的に表すものである。本研究では東アジアに残る七・八世紀の作例を中心に、入れ子型舍利具を構成する容器ごとの重なり合いによって生み出される時間の流れや空間の広がり、また、それを利用して表現された供養者の「舍利」に対する願いや期待のあり方を考察した(注1)。仏教の舍利具は、概して使用された容器の形状や数、素材、装飾等が多様なため、これらの要素がどのように組み合わされ、どのような効果を発揮しているかを作例ごとに検討する必要がある。本報告では、より根本的に、このような作例ごとの検討を通して考えるにいたった、東アジアの舍利容器の多様性自体について、形への発想の源泉と伝播という観点から論じることとする。舍利容器の多様性:モノと言葉による伝播からインド以来の典型的な仏舍利具の形状は複数の大きさや形の異なる容器を次々と籠める「入れ子型」である(注2)。この入れ子の発想は、一般的に、涅槃経典に記された釈迦の納棺方法に基づくと考えられている。「遊行経」(『長阿含経』巻二)等によれば、涅槃後の葬送について釈迦は「転法輪王の法」に準じて執り行うよう指示をする。釈迦の遺体は香油をもって洗われた後、麻油で満たされた金棺に納められ、その金棺は更に鉄槨、栴檀槨等に入れ子状に納置され、衆名香をもって荼毘に付された(注3)。このような記述は、棺の素材についても非常に具体的であり、入れ子状の舍利具に好まれた素材や順序等と重なる部分も多い。一方、葬送に関する具体的な記載に比べ、荼毘後の仏舎利の安置法について、涅槃経典は多くを語らない。しかし、涅槃図や現存する舍利具の作例から明らかな通り、インド、ガンダーラ地域では、釈迦の遺体としての「śarīra」のための「棺」と、遺骨である「śarīra」のため「舍利容器」は明確に区別されており、経典中に見られる舍利容器に関するわずかな記述を確認する必要がある。この作業は東アジアにおける― 382 ―㉟ 七・八世紀の「入れ子型」舍利容器の空間構成 ─発想の源泉と伝播の問題を中心として─
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