ガラス瓶への嗜好は、その希少性や、インドやガンダーラに見られる水晶製の容器との関連など多角的に検討する必要があるが、舍利に期待された奇瑞を考慮すると、ガラスが光を通す素材であるということは、やはり重要だと考えられる(注20)。ガラスは光を介して内外の空間を繋ぎ、ガラス容器を通して見える光は、その反対側にいる者にとっては、容器の内部から発せられた光のようにも見える。すでに述べた通り、「舍利感応記」によると、仁寿舍利塔事業に際して準備された舍利具は金瓶を瑠璃瓶中に納める構造であった。「舍利感応記」は、本事業の舍利埋納時に現れたとされる様々な奇瑞を記しているが、そのうち「瓶内有光、乍上乍下」や「豫州表云。舍利瓶有白光。須臾成五色遊轉瓶內」など、舍利の発する光が「瓶」を通して見えたという記録が含まれ、素材としてのガラスの意義を考える場合、特に興味深い(注21)。「舍利感応記」の安州に関する記述からは、舍利埋納儀礼の一環として、僧が舍利を大衆に開示したことが知られる。この時大衆が実際に礼拝したのは内容器であるガラス瓶であり、安州の記録には、大衆が瓶口から発せられる赤色の光を目撃したと記されている(注22)。遠巻きに礼拝していた供養者にとっては、舍利瓶が通す光は、あたかも「舍利が発する光」のようにも見えたのではないだろうか。最後に舍利容器の装飾の効果について、透彫りの手法に注目して考察を加えたい。舍利容器における透彫り装飾は伝南原出土舍利具(国立全州博物館蔵)、仏国寺舍利具、氷山寺址五層石塔舍利具(国立中央博物館蔵)などの統一新羅から高麗時代にかけての作例や、法隆寺発見舍利具に見受けられる〔図8〕。これらの作例の透彫り装飾は器体の主要部分に内容器の存在を見せる(あるいは暗示させる)様に施されている点で、松林寺発見舍利具の宝蓋に見られるような部分的な使用とは質を異にしている〔図9〕。このような透彫り装飾の全面的な使用は、例えば燈籠や香炉のような知覚情報を内側から発する目的を持った道具類にも認められる。上記の透彫り舍利容器は内部に燈籠や香炉として機能するための装置が施されているわけではないため、実際に形状の転用があったかはより慎重に検討する必要がある。しかし、舍利の光明がしばしば「光焔」「炎明」のように炎や熱を伴うものと認識されていた点は、少なくとも内容物のイメージの共有(あるいは混同)が容器自体のイメージの共有へと繋がった可能性を示していると考えられる。伝南原出土舍利具を例にとる。本舍利具は四重蓮華上に安置された金銅透彫り函形外容器内に涙形の瑠璃瓶を納置する。身部の下部四方から外に張り出すように蓮華座が取り付き、その上に四天王が坐す。舍利塔に納置されていた際には、舍利孔自体が最外容器の「石函」として機能していたと推定され、塔+函+瓶という基本的組み合― 387 ―
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