― 422 ―作品では二例しか確認されない。その他、松島、須磨、住吉などと組み合わされるが、天橋立を中心にした場合、上記二つの名所との組み合わせが通例と考えてよいだろう。そこで、視点を変えて、他隻から天橋立が選択される場合を検証すべく、厳島図屏風と和歌浦図屏風の一覧を作成した〔表2〕〔表3〕。総数としては厳島図が圧倒的に多い。一覧にはまとめきれなかったが、松島や住吉など他の名所図屏風もこれほど数は多くない。これらのことから、厳島は名所図屏風において最も好まれた名所だったと言えるだろう。厳島を中心に見た場合、他隻は和歌浦であることが一番多く、天橋立は二番目となっている。和歌浦から見た場合でも、天橋立は厳島に次いで二番目となっている。一双形式で見るイメージ比較それぞれ名所には、聖地、歴史、文学、芸能など多様なイメージが複雑に絡み合っている。絵画化される場合、土地に纏わるイメージが取捨選択されて、他隻と組み合わせられることになる。一例を挙げれば、「天橋立・厳島図」の場合、「神や自然、古に対するオマージュ」の天橋立図に対して、「人間の活力の誇示、現世繁栄への祈願」の厳島図と見ることもできるだろう。厳島では西松原も能舞台も人の手によって造られたもの。天橋立図では風景の中心は自然の砂嘴であるのに対して、厳島図では厳島神社が中心である。個々の説明は省略せざるを得ず、ここでは敢えて以下にキーワードだけを述べておく。組み合わせが同じでも、全ての例に共通するわけではない。厳島図の作例が圧倒的に多いのも、天橋立と和歌浦とでは共にイメージが近いことも理由の一つだろう。松島は、天橋立や和歌浦と重なるイメージも多いのだが、近隣に塩竈があることから、他の名所との組み合わせが少ないと思われる。【イメージ対比型】…「天橋立・厳島図」…「自然・神・過去」対「人工・人・現在」【イメージ重複型】…「天橋立・和歌浦図」…ともに「歌枕・神・砂嘴・過去」【地理的連続型】…「松島・塩竈図」や「和歌浦名草山図」日本三景の成立と名所図屏風の関係日本三景の成立については長谷川成一氏の研究に詳しく(注3)、儒学者林春斎の『日本国事跡考』(国会図書館蔵、寛永20年(1643)刊行)に由来する。数ある名所の中から、最初に「天橋立」、「厳島」、「松島」の三箇所が選ばれたのが同書の中で、「三
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