鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 435 ―の素描〔図4、20.2×31.6cm〕が知られる。ヴァションの挿図と比べると、こちらの素描は背景がだいぶ異なっている。完成作では、周囲の人物像は画面右手の羊飼いらしき若者だけだが、アミアン素描では左右に複数配置されている。こちらでは、画面左下の武具も描かれていない。画面も長方形である。また、カルナヴァレ美術館にも別の関連素描が所蔵されている〔図5、15×20㎝〕。このスケッチでは、完成作同様、半円の構図が取られ、右手には覗きこむような人物像が見られる。しかし画面左手の空白は、木から吊るされたライオンの下半身の試し描きに使われており、完成作に見られる岩山らしき背景はまだ描かれていない。一方、中央の木の下には羊か山羊のような動物が薄く描かれている。さらに今回の調査で、もう1枚の重要な関連素描の存在が、カルナヴァレ美術館が保管する資料写真(注10)からわかった。〔図6〕吊るされたライオンの皮を剥ぐヘラクレスの姿がいくつか試作された素描で、写真の裏書によれば、サイズは19.8×29.5㎝である。特にヘラクレスの頭部とライオンの足先の位置関係が模索されているようだが、左上では膝をつかずに立ったまま皮剥ぎをするヘラクレスのポーズも試されている。また、不明な箇所も多いが、紙面にはさまざまな指示書きが書きこまれ、この作品に関する要素がほぼ挙げられている点が目を引く。左上には、「[■]吊るされたライオンの皮を剥いでいる 羊飼いたちが近づいてきて、幼い羊飼いがこれを見つめる écorchant le lion en pendant à [...] la [?] /Les bergers se rapprochent, un petit berger le contemple」と記され、中央下には、「両側が同じくらいの木の枝 branches de lʼarbre égales de chaque côté」、そのすぐ右上には、「岩から流れ出る泉 Source coulant dʼun rocher」、右下には、「彼の兜/打ち捨てる/弓と兜/[■]/剣/ナイフ[?]の鞘/son casque/abandon/arcs et casques/[?]/epée/ gaine du couteau[?]」とある。ここから、ドラクロワは当初、アミアンの素描に見られるように、複数の羊飼いを背景に配置しつつ、そのうちの若い羊飼いがこれを熟視している場面を想定していたことがわかる。一方、画面左下に描かれた膝まずきながら身を乗り出す人物像は、完成作の右手の羊飼いの原型の1つだろう。さて、これらのスケッチに対し、西美の素描(25×46.5㎝)は、ヴァションの挿絵、すなわち完成作にきわめて近い。また、フライブルクの油彩習作(24×47cm)とはほぼ同じサイズである。一種のトレーシングペーパーpapier de calqueに描かれ、描線に試行錯誤がほとんど見られないことから、まずは、完成構図を写し取った素描と考えられる。「平和の間」の関連素描としては他に、現所在は不明だが、1920年11月30日と12月2日にパリで開かれたブールドレの競売に、西美素描よりも一回り小さい

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