注⑴ Marius Vachon, LʼAncien Hôtel de ville de Paris 1533−1871, Paris, A. Quantin, 1882.⑵ Lee Johnson, The Paintings of Eugène Delacroix : A Critical Catalogue, Oxford, Clarendon Press, 1989, ⑶ Philippe Burty, Lettres de Eugène Delacroix (1815-1863), Paris, A. Quantin, 1878, p.III.⑷ Lee Johnson, “Pierre Andrieu, le cachet E. D. et le chateau de Guermantes”, Gazette des beaux-arts, ⑸ 陳岡めぐみ『所蔵水彩素描─松方コレクションとその後』、国立西洋美術館、2010年、20−21頁。⑹ Maurice Sérullaz, Les peintures murals de Eugène Delacroix, pp. 129−(148).⑺ Vachon, op.cit., p. 96. ⑻ Vachon, op.cit., p. 98.― 439 ―つつ、アンドリューの遺族から彼自身やドラクロワの素描を入手したヴュイリエが、ドラクロワのアトリエに直結するという正統性を示すために新たなスタンプを作ったのではないかと推測を進めている(注21)。なお、L.838bは、多くの場合、ドラクロワも好んで手がけたライオンなどを描いた素描に見られ、これらの作品は現在では動物画家サン=マルセルやオーギュスト・ランソンらの手に帰されている。また、L.3956が押された例は、現在ではジャック・エドゥアール・クックに帰属されているルーヴル美術館の素描等に見られる。西美作品のスタンプ〔図16〕はどれにあたるのか。2つ押されているのが特徴的で、一度、中央付近の下部に押したものの、インクの乗りが悪く、さらに左手下部に押し直したものと思われる。より明瞭なこの左手のスタンプについて見ると、Eの横線は上下の輪に対して短く、Dの上部の輪は傾きがなく、下部の輪が上部の輪よりも外へと出ていないことから、真印のL.838aに近い。色もL.838ほど暗くはなく、L.3956ほどオレンジがかってはいない。ただし、Dの左の縦線と右の縦線は接していない点、2度押しや画像への近さといった無造作な押し方は、L.838を思わせる。また、Dの下部の輪もつぶれ気味である。ここから類推すると、西美素描は少なくともドラクロワのアトリエに由来する作品である可能性が高いとはいえる。アトリビューションについては、ヴァションの『旧パリ市庁舎』の出版事情に目を配りつつ、今後さらなる調査が必要である。しかし、いずれの手に帰されるにせよ、この作品が失われたドラクロワの「平和の間」の研究において重要な記録であることは確かである。また、孤高の画家というイメージが先行しがちなロマン主義の巨匠のアトリエでの師と弟子の関係を再考するうえでも、きわめて興味深い作例であることは間違いないだろう。V (text), VI(text and plates).LXVII, 1966, pp. 99−110.
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