3.《瀬戸内海》作品概要《瀬戸内海》〔図3〕は、縦184.0cm、横256.0cmの200号大の大画面作品である。中村は本作を昭和10年の5月頃から構想し(注5)、帝展改組の大混乱を経て同年10月に開催された第二部会展に出品した(注6)。その制作意図について彼が語るところによると、「この夏、瀬戸内海のある島の立派な別荘に三四日客となつた。私の寝室の窓からさわやかな海が目もはるかに見下されて夕方になると遠く百貫島の燈台が明滅する。思ひもよらぬ大きな外国船が四五浬の沖を白い光りを浴びて通る。そこのヴエランダに風をうけて私は私の夢を追ふのである。白いボートがいつも私の夢を待ち顔にはるか下につながれてゐる。私はこの夢のやうなうす緑の光りの中に二三の形を組み立てゝ見たのである。ただ静かな、そしてほがらかで活きゝゝした絵が描きたかつたのである。あまり無理はしなかつた。暢気にゆつくり私の想像の中で筆を運ばせたに過ぎません」(注7)ということである。― 453 ―時、帝展の洋画部においては、画面の中で人物群像を如何に構成し、調和を図るべきかということが問題になっていたが、そのような観点からも「画面の構成、色彩の照応など周到な注意が払はれてゐる」「出色作」(注2)として本作は高く評価された。翌昭和6年の第12回帝展出品作である《画室にて》〔図4〕は、「昨年の大作と同類型の、否その一部分の拡大」(注3)と論じられているとおり、前年の帝展で話題となった《弟妹集ふ》のヴァリエーションとして解された、室内における人物群像の作品である。中央に足を組んだ姿で描かれているのはやはり妻の富子であり、その背後にはアトリエで絵を描く画家自身の姿と、そのモデルとしての裸婦が描かれている。続いて昭和7年の第13回帝展出品作である《車を停む》〔図5〕と昭和8年の第14回帝展出品作である《海辺にて》〔図6〕は、ともに海辺におけるピクニックを主題とする作品である(注4)。後者の作品に見られる妻と裸婦という組み合わせは、後述する《瀬戸内海》〔図3〕にも通じる表現であり、さらに彼女たちの背後には、オートバイと軍艦という機械的なモチーフが描かれている。以上の作品を総合的に検討すると、一連の絵画には人物群像によるコンポジションが試みられ、なおかつ妻をはじめとする家族がしばしば登場すること、また総じてブルジョワなモダン文化をテーマとする作品であることという特徴を抽出することができる。以上を踏まえたうえで、次節では《瀬戸内海》について、一連の先行作品と比較しつつ考察したい。一艘の舟が浮かぶ穏やかな瀬戸内海を背景とする晴天の下、モダンなワンピースと
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