研 究 者:早稲田大学文学学術院 助手早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 伊 藤 怜はじめにラツィオ州北部トゥスカーニアのサン・ピエトロ旧司教座聖堂(以下、サン・ピエトロ聖堂)は、8世紀半頃から1192年まで広大なトゥスカーニア司教区を管轄していた。現在の聖堂は、11世紀前半以降に建てられた三廊式バシリカであり、内部にイタリア・ロマネスク美術における代表作とみなされるモニュメンタルな壁画装飾を有することで知られる〔図1、2〕(注1)。1971年、トゥスカーニアを襲った地震によって、大部分が剝落したサン・ピエトロ聖堂アプシス・コンカは、修復困難となり漆喰で埋め込まれた〔図3〕。本稿では、制作年代の推定、図像解釈、図像同定などの基礎的研究に留まっていた、サン・ピエトロ聖堂アプシス・コンカを考察対象とする。聖堂の西端に位置するアプシス・コンカには、8人の飛翔する天使に囲まれた巨大なキリストの立像、12使徒、聖人のメダイヨンが表されており、これまで「キリスト昇天(以下、「昇天」)」と解釈されてきた〔図4、5、6〕。アプシス空間を囲い込むように立ち上がる勝利門壁面には、キリストのメダイヨンを中心に、燭台、聖体、カリス、セラフィム、「黙示録の四つの生き物」、「黙示録の24人の長老」が配される。内陣北側の小祭室には、2聖人に囲まれたキリスト、南側の小祭室には「キリスト洗礼」、洗礼者ヨハネ伝、「神の小羊」を礼讃する2聖人が描かれている。内陣北壁面ではペテロ伝6場面が展開する。内陣と2つの小祭室と同規模の空間をもつクリュプタには、2聖人と天使に囲まれた玉座の聖母子、使徒や聖人のメダイヨンが配される。サン・ピエトロ聖堂アプシス・コンカ装飾は、初めてサン・ピエトロ聖堂壁画に関するモノグラフを発表したイーゼルマイヤー以前から「昇天」のヴァリエーションととらえられてきた。近年、ヴァルトフォーゲルがモンテカッシーノ修道院周辺に認められる聖堂装飾との関連を指摘する一方、タリアフェッリはオットー朝写本挿絵における「昇天」図像と結びつけた(注2)。「昇天」の図像的系譜から逸脱する巨大なキリスト、キリストの持つ球体及び冊子本、多数の天使、銘文、聖人のメダイヨンなどのモティーフは十分に検討されてこなかった。本稿は、これらのモティーフ、とくにキリストが掲げる球体に注目し、サン・ピエトロ聖堂アプシス・コンカにおけるキリ― 463 ―㊷ イタリア・ロマネスク聖堂装飾研究 ─トゥスカーニア、サン・ピエトロ旧司教座聖堂をめぐって─
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