鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 467 ―Ⅲ 創造主としてのキリストサン・ピエトロ聖堂の写真資料はほぼモノクロームであるが、キリストに向かって左側の天使とキリストの右手と球体については、地震以前のカラー写真が伝わっている〔図10〕。キリストが持つ球体の上部は、コンカ全体の背景と同色の空色で彩られ、画面左からこげ茶の球体(太陽)、灰色と明るい青の球体(月)、小さな白いモティーフ(星)が配されていた。中央部は、深緑の背景に赤茶と白で草や花のようなものが描かれ、下部には空色の地に白い水平の線が何本も引かれ、海の白い波が表現されている。球体は、一般的には地球または天球を表し、君主が手に持つ球体は全世界に及ぶ統治を意味する。トゥスカーニアの球体について、イーゼルマイヤーはキリストの「再臨」ととらえ、ヴァルトフォーゲルは珍しいモティーフとのみ言及した(注13)。ローマ周辺における唯一の比較作例は、11世紀後半の制作とみなされるヴァティカン絵画館所蔵の《最後の審判》板絵であり〔図11〕、最上部のキリストは左手に十字架付き笏、右手に白い球体を手にし、球体には黒い文字で“ECCE/ VICI MVN/DVM”(「わたしは世に勝っている。」『ヨハネによる福音書』16:33)と銘文が記される。この板絵の主題は「最後の審判」であり、球体の銘文も同様に終末を暗示すると考えられる(注14)。くわえて、モノクロームの球体と天、大地、海が描かれ、彩色の施されたトゥスカーニアのものに共通点は乏しい。トゥスカーニアの球体上の天、大地、海の表現と関連する作例として、筆者はラツィオ、ウンブリア、シチリア島に散在するローマ型創世記図像の「天地創造」(第1日:光と闇の分離、第2日:大空の上の水と下の水の分離、第3日:海、大地、植物の想像、第4日:太陽、月、星の創造、第5日:鳥と魚の創造、第6日:動物および人間の男女の創造、第7日:安息日の祝日)表現を改めて指摘したい。すでにタリアフェッリによって、パレルモのカッペッラ・パラティーナ及びモンレアーレの司教座聖堂モザイクの「天地創造」場面との関係は簡潔に指摘されていた。しかし、タリアフェッリは「天地創造」を描いた歴史的背景を探ることが目的だったため、トゥスカーニアの球体と「天地創造」におけるモティーフの類似性について、詳細を言及しなかった(注15)。ここでは、紙幅の都合上、ローマ近郊チェーリのサンタ・マリア・インマコラータ聖堂身廊壁画を取り上げて、トゥスカーニアの作例と比較する〔図12〕(注16)。sedentis sup (er) thronum et in terra pax hominibus bone coluntatis”が記され、神を讃美する。以下では、サン・ピエトロ聖堂のキリスト表現を再解釈するための手がかりとして、筆者はこれまで注目されずにいたキリストの持つ球体について検討する。

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