鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 494 ―全頁大挿絵の中で唯一手本とされている「キリストの磔刑」の聖母マリアは、フランスの写本作例に通常見られるようにヨハネや聖女たちに支えられているのではなく、騎馬上の百人隊長に向かって、盗人にそうしたのと同様に息子イエスの足を殴って折らないよう懇願する姿で表されている。エミール・マールによれば、この珍しい図像は、13世紀のスコラ哲学者でフランシスコ会の指導者でもあった偽ボナヴェントゥーラの『イエス・キリストの生涯についての瞑想』の記述に基づくものである(注12)。一方で、道徳聖書の小挿絵サイクルは《ロアンの大時禱書》の欄外小挿絵にそのまま写されている。手本では連続していた各場面を切り離し、より縦長の画面に描くのに際して、配置の変更などが余儀なくされているとはいえ、それぞれの場面が全面的にほぼ一対一の手本として参照されていることが明らかである。それゆえに先行研究においては隷属的な模写に過ぎないと見做され、それ以上の検討はなされてこなかったのであるが、詳細に比較してみると、構図の調整とは異なる興味深い変更が見られる場面があることが分かる。例えば「キリストの埋葬」において、《道徳聖書》では画枠と並行に置かれた石棺にキリストが頭部を左にして横たえられているのに対し〔図1〕、《ロアンの大時禱書》に描かれる石棺は、キリストの頭部を右上にして対角線状に配されている〔図2〕。前者は、ドゥッチョの《マエスタ》の背面に描かれた作例〔図3〕にもあるように14世紀のイタリアに多く見られる図像表現であり、一方後者は《トシュボーニュの祭壇画》〔図4〕の図像との近親性を示している(注13)。すなわちここでは、画面に合わせて構図が変更されているのではなく、異なる系譜の図像が採用されているのである。一方、《ロアンの大時禱書》にランブール兄弟の《美しき時禱書》(注14)の複数の挿絵の構図が模写されていることを見出したジャン・ポルシェは、これをベリー公の死後に《美しき時禱書》を所有していたヨランド・ダラゴンを《ロアンの大時禱書》の注文主とする論拠とした(注15)。当初指摘されたのは巻頭のカレンダー挿絵のうち「3月」(fol. 4)、「6月」(fol. 8v)、「11月」(fol. 16)、「12月」(fol. 17v)、および「栄光の聖母」(fol. 29v)、「死者のミサ」(fol. 176)、「聖ゲオルギウスと竜」(fol. 223)、「聖マルタン」(fol. 225)であり、これらは《美しき時禱書》と《ロアンの大時禱書》の挿絵に一対一の対応関係が認められる例である(注16)。さらに、構図全体ではないモティーフ単位の模倣や、異なる図像へのモティーフの転用なども数多く指摘されている。例えば《美しき時禱書》の「エジプトへの逃避」

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