鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 496 ―の図像が特殊であるのは、まずキリストが幼子の姿で表されている点、そして父なる神が胸像で表されている点である。ミースは、キリストが幼子の姿で表されている「三位一体」を、〈ジアックの画家〉と関わりがあったと考えられる〈トロワの画家〉の作例に見出した〔図7〕。磔刑のキリストが幼子になった「恩寵の御座」タイプのヴァリアントのようでもあるが、幼子の姿のキリストという最も特殊な点が共通している。さらに近年、同じくシャンパーニュ地方で制作された《時禱書》(注23)や、〈トロワの画家〉と共同制作をした〈ウォルタース219番の画家〉による《時禱書》(注24)にも同様の図像が見られることが指摘され、この特徴的な三位一体図像が、〈ジアックの画家〉と接点のあった2人の逸名画家の周辺では好まれていたことが明らかとなってきた。また、15世紀初頭のアヴィニョンの《ベネディクトゥス13世のミサ典書》〔図8〕(注25)と《聖務日課書》(注26)には、さらに興味深い「三位一体」が見出される。両作例共に胸像で表された父なる神が片腕に幼子キリストを抱いており、前者は全体がケルビムに取囲まれている点、父なる神が三重冠を戴いているという点も共通している。ランブール兄弟、〈ブシコーの画家〉、〈ベッドフォードの画家〉といったパリを中心に活動した画家たちの間には広まらず、現存作例の中では特殊な図像表現であるが、〈ジアックの画家〉はそれを制作活動を行ったトロワとアヴィニョンの作例から知ることができ、アンジェで共同制作を行った〈ロアンの画家〉も知る所となったという状況が推測できる。ところで、この「三位一体」は同じ写本の「聖霊降臨」〔図6〕に再度現れている。室内場面である「聖霊降臨」は中世末期においては、三次元的な空間表現への関心を受けて、「受胎告知」と同様に箱型の室内空間を描くための実践の場となっており、《ロアンの大時禱書》のように地面のみ暗示された抽象的な空間を舞台とする表現は旧い図像タイプと言える。しかしここで注目したいのは、「聖霊降臨」において通常は小さな聖霊の鳩が描かれるべきところに例外的に三位一体が顕現している点、さらに神が剣と百合の花という黙示録に基づく審判者としてのアトリビュートを手にしている点である。ハイマンは、「聖霊降臨」の図像に「三位一体」の顕現のイメージを重ねることにより、聖霊を受けることとその庇護を受けることの関連性が強調されているという図像解釈を提示した(注27)。「聖霊降臨」がキリスト教会の誕生を象徴する図像であることを踏まえるなら、聖書の物語の一場面として表現するのではなく、教会が三位一体の庇護を受けるべき存在であることを強調し、さらにその三位一体を終末の時の審判者として

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