鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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研 究 者:熊本市現代美術館 主任学芸員  芦 田 彩 葵はじめに抽象表現主義の画家マーク・ロスコ(1903−1970)は、バーネット・ニューマン、クリフォード・スティルと並び、「カラー・フィールド」(注1)と呼ばれる色面による絵画領域を切り拓いた画家として、美術史上位置づけられる。「カラー・フィールド」とは、もともと批評家クレメント・グリーンバーグがニューマンの作品を批評する際に用いた「フィールド」という言葉に端を発するが(注2)、「色彩」の拡張によって絵画が空間にまで波及し「場(フィールド)」を創出するという観点から、ロスコも「カラー・フィールド」の代表的画家として高い評価を得た(注3)。ロスコの作品の特質の一つは、内側から発光するかのような豊潤な色彩で描かれていることであるが、それと同等に重要な役割を果たしているのが、緻密に練られた画面構成である〔図1〕。しかし、後者については、これまであまり言及されておらず、研究が十分になされてきたとはいえない。ロスコの様式の変遷を辿ると、矩形のモティーフが反復回帰をしており、常に形態と色彩の一体化が念頭に置かれていたことがわかる。絵画の支持体であるカンヴァスの矩形をモティーフにし、水平性と垂直性の問題を意識的に取り扱ってきたロスコの画面構成は、抽象表現主義以降に登場し、絵画における形態と色彩の問題を追究した「カラー・フィールド・ペインティング」やミニマル・アートの美術的動向を予兆するものだが、その点については、見過ごされてきた傾向がある。ロスコの作品は、色彩と筆触の点からみれば、純度の高い色彩を用いるニューマンや激しい筆触でマチエールを残すスティルに比べると、色彩的、形態的、物質的な実体が希薄と指摘できる。しかしながら、ロスコの作品は、両者の原色に近い強い色彩と厚く塗った絵具による絵画と同等の存在感を放ち、絵画を単に見るものではなく、「体験する場」へと観者を導いている。その理由として、顔料を支持体へと浸潤させるかのような表面処理を行っていることが挙げられる。絵具と画布が一体になることで、薄塗りであるにもかかわらず、しっかりとした存在感を付与しているのである。加えて、作品の多くは側面にまで色が塗られることで、物質的な強度がもたらされている。この手法は晩年には、マスキングテープを用いた白い枠で画面周囲を囲む手法へと展開し、「ハード・エッジ」との関連性が指摘できる。本論では、独自の様式を形成する1940年代に深い交流があり、作品主題において連― 504 ―㊻ 抽象表現主義とカラー・フィールド・ペインティングの関係性をめぐって

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