― 508 ―いる。初期からのカンヴァスの側面を塗る矩形の強調は、ロスコ様式の画面内の矩形とカンヴァスの矩形が呼応し、形態の一体化を強めていることがわかる。単純な構図ながら、画面と支持体の矩形を反復させることで、造形性を際立たせる表現は、ロスコが影響を受けたマティスの《赤い室内》でも見られる。奥行のない平坦な描写をしながらも、画面の内にいくつもの矩形のカンヴァスを散りばめることで、プッシュ・アンド・プルの強弱のある表現を保つ、いわばマティスの画中画の表現からロスコは無意識のうちにアイデアを得ていたとも推察できる。また、ニューマンやスティルと異なり、純度の高い色を用いず、バラ色のような鮮やかなものもあるものの、全体として抑制された色調の微妙な色を多用したことは、初期に制作をともにしたミルトン・エイブリーからの強い影響だといえる(注6)。そのため、ロスコの絵画表面は、ニューマンやスティルのように視線を跳ね返すものではなく、重ねられた色の層の中に観る者の視線を引き込むものとなっている。ロスコ様式のこの色遣いと形態によって、ロスコは、ニューマンやスティルに比べて、カンヴァスまで含めた絵画がもつ造形的な表現形態を意識していたことがわかる。また、ニューマンやスティルの作品のように、絵画がカンヴァスの枠を超えて、観る者を圧倒するエネルギーをもって外界に向かって無限に波及していくというよりは、ロスコの作品はカンヴァスの枠を超えて外へと色面が拡がりながらも、むしろ観者の身体を包み込み、観者が静かに作品と対峙することを促す、自らの内面世界と向き合う装置として働いているように思われる。むろん、光を含み、大気のように触知的なロスコ絵画の表面性も、観者を内省へと促す効果的役割を果たしている。加えて、ニューマン、スティルが彫刻を造形表現の重要な要素として制作していたことに対し、ロスコの彫刻作品は、粘土の習作が僅かにあるものの、作品として発表された形跡はない(注7)。その理由として、ロスコは、彫刻がもつ造形性を絵画表現によって表そうとしたことが考えられる。つまり、ニューマンやスティルが彫刻によって表そうとした造形性や量塊性といったものをロスコは二次元の絵画で追究しようとした。次章では、ロスコ様式に至るまでの画面構成の変遷を検証し、構図の特質について読み解く。そのことによって、ロスコ作品にもたらされる造形性を考察し、作品がもつスケール感と強度について解明する。2.ロスコ絵画にみる画面構成ロスコは、『芸術家のリアリティ』の中で、絵画がもつ造形性と触知性について繰
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