鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 509 ―り返し述べ、本書の目的は絵画がもつ造形的諸要素を記すことだとしている(注8)。ロスコは造形性について、「『造形的』という語は、一般に、可塑的、つまり自由に形を変えられる物質に用いられる。この概念を絵画にあてはめる場合」と前置きをし、「空間内を前後に動く事物の感覚によって私たちにもたらされるリアリティの感覚である」と説く。そして、一種のリズミカルな運動の効果を絵画も生み出していることから、「絵画とは前進と後退を引き起こすことでリアリティを獲得しようとする過程であり、だからこそ造形的という語は、絵画にも彫刻にも適用されるのである」と述べている(注9)。さらに、「造形性とは絵画において、ある種の運動の感覚がいかに提示されているのかを示すものである。この運動は、実際に身体によって誘発されることもあるし、私たちが後ろに下がったり前に動いたりする時、ものはどのように見えるのかについての自身の記憶に頼ることで得られることもある」と記し、「絵画においては、キャンバスの中へと向かう運動の感覚と、キャンバスの表面のその奥にある絵画空間から外へと向かう運動の感覚の両方によって造形性が獲得されている」と強調する(注10)。これらの記述から、ロスコが、絵画空間において外への働きかけも含めた、前進と後退の運動性がリズミカルに発生することを重視し、それこそが絵画の造形性だと意図していることがわかる。この画面における前進と後退の感覚や空間との関係性、表面性に対する考え方には、当時の抽象表現主義の多くの画家たちが傾倒したホフマンの絵画理論「プッシュ・アンド・プル」からの影響を指摘できる。次に、具体的にロスコの作品変遷を検証しながら、この造形性がロスコ作品にどのように反映されているのかを考察する。ロスコが『芸術家のリアリティ』の草案を書き始めた時期は、様式的には、神話主題の時代であった。その頃にロスコの芸術観は大きく形成され、1943年には、「悲劇的で時を超えた主題こそが決定的である(注11)」と述べている。ロスコはそれまで、窓や扉といった建築的モティーフに極端に引き伸ばされた人物が配された現実世界を描いてきたが、1939年頃から神話を題材にした神話主題の時代に入ると、水平の層が強調された半具象絵画となる〔図6〕。画面では、左右正面を見つめる登場人物たちの視線の動きによって、中心から外側に広がっていくかのような運動性が生じている。中央の赤い層はレリーフが彫られたような石棺を思わせ、この時代の作品では、ギリシア建築を想起させる列柱や扉といった建築的モティーフが多用されている。この人物の上半身を貫くかのように配置された赤い帯は、観る側の身体性を強く刺激する触知性をもち、この水平の帯から突き出た垂れ下がる足の表現からは垂直性が感じられる。これらの表現から、ロスコが、視線の動き、水平性と垂直性、触知性を考慮

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