鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 512 ―続く「カラー・フィールド・ペインティング」の画家達との関連性を考察する。ロスコの色彩は、ニューマンやスティルに見られる視線を跳ね返す厚く塗り込められた不透明な色面ではなく、画布に絵具が染み込むかのように、薄い半透明の色彩を幾重にも重ねたものである。この技法によって生まれる抒情的表現は、ヘレン・フランケンサーラー、モーリス・ルイス、ケネス・ノーランドらの特質である、ステイニング(たらし込み)の技法によってカンヴァスに着色される色彩の表現との共通性が見られる。このような「カラー・フィールド・ペインティング」の画家たちの色遣いは、抽象表現主義の画家であるアドルフ・ゴットリーブの「幻想風景」シリーズにも見られ、余白と図の相互作用にも共通性が見出せる。とはいえ、絶妙な色のバリエーションは、やはり抽象表現主義の中ではロスコが最も近かったといえ、カレン・ウィルキンも、その光を放つ色彩、最小限度に変化を付けた色合いの血統はロスコから生じていると指摘している(注15)。前章で触れたように、ロスコは「絵画の造形性とは、前進と後退の運動性が画面に存在することだ」と述べているが、その言葉を体現するかのように、地と図の構図において色の彩度や明度を慎重に選び配するだけでなく、精緻な筆致を何度も施し、補色的な色彩を重層的に重ねることで単純な構図による平坦性を装いながらも、前進と1960年代に注目を浴びるようになった「カラー・フィールド・ペインティング」の画家達のなかでも、フランケンサーラー、ルイス、ノーランドはグリーンバーグを介してポロックから大きな影響を受け、ドリッピングや、カンヴァスに絵具を注ぐポアリングといった身体的表現を採り入れた。その制作過程において、絵具の飛沫や層が重なり、微妙な奥行が生まれている。彼らの絵画は、再現性や象徴性など画面から何かを読み取るというよりは、色彩と形態による純粋な視覚性を平坦な画面に表現することを追究していた(注16)。彼らの様式に見られる特質の一つは色の重なりであるが、特にルイスのヴェールペインティングでは〔図12〕、それが顕著である。この曖昧な輪郭と色の重なりは、その制作過程は異なるが、ロスコの輪郭を暈し、繊細な色の層を重ねる表現から派生しているといえよう。加えて、薄塗りの絵具をカンヴァスに浸潤させるかのような視覚効果を生み出すことによって、色彩、形態、支持体そのものが一体化され、観る者を包みこむかのような身体性に訴える絵画が生み出されていることもロスコとの強い関連性を指摘することができる。つまり、ロスコは1960年代に認知されることになる「カラー・フィールド・ペインティング」の画家達に色の重なりによって生まれる深み、色の拡がりやテクスチャーにおいて、インスピレーションを与えたといえる。

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