鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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― 514 ―が、ロスコも60年代を通じて、この2点を同時に表すことを模索していた。1964年頃から、ロスコはそれまでの地と図の境界を暈した様式から、マスキングテープを用いて明確に境界を示す厳格な構成を実験的に始める〔図14〕。その背景として、空間全体に作品を展示する《シーグラム壁画》の構想のなかで、ラインハートの〈ブラック・ペインティング〉〔図15〕に影響を受けたことが挙げられてきた。ロスコが感化されたのは、筆致を残さない厳格な構成による表現ではなく、微妙な明度差による水平と垂直の色帯を十字に交差させることによって生まれる、色面によるプッシュ・アンド・プルの効果と構築性に惹かれたからだと推察できる。つまり、ラインハートが生み出す色の諧調と画面を成す水平性と垂直性による緊張感が、ロスコが追究する表現と合致したといえるのではないだろうか。しかし、触知性に重きを置いたロスコは、筆触を排した厳格な様式を試してみたところ、その表現を通して立ち現われてくるものは、自身の意図にそぐわないものであることに気付くこととなる。ロスコはラインハートの作品を評価しながらも、「ラインハートの作品は実体がないが、私の作品はここに存在しているのだ(注17)」と述べ 、作家が制作を行った身体の痕跡を感じさせるロスコ特有の筆触へ回帰することになる。その後、1968年からカンヴァスの周囲を明確に縁取る白い枠と二層構造から構成される〈ダーク・ペインティング〉の制作を始める〔図16〕。このシリーズでは、地と図の関係が消滅し、一様でない筆触によって、その色面が内部で振動拡張しながら、画面の外に押し広げられていく印象を受ける。その一方で、画面に施されたハード・エッジの白い枠は、壁面とカンヴァスの差異を際立たせ、絵画そのものの表面性や物体としての物質性に観者の視線が注がれることを促す。つまりロスコは、矩形という絵画のフォーマットのなかで、薄塗と繊細な筆触の独自性を活かしながら、フィールドとエッジという二つの相反する表現を追究したといえる。ノーランドは1963年後半から、それまでの滲みを効かせた同心円状の様式から、筆触を抑えたはっきりとした色遣いで、矩形のエッジを思わすV字型の形態が連なるハード・エッジな様式〔図17〕へと移行する。これらの作品では、矩形のカンヴァスの中で、いかに色彩と形態を一体化させ、また図と枠の緊張関係を際立たせながら、枠から外へ向かって、絵画のエネルギーを放出させるかが試みられ、65年にはシェイプト・カンヴァスへと展開していく。地と図の関係、ハード・エッジの点においていえば、ノーランドとロスコをつなぐ重要な作家としてフランク・ステラの存在がある。しかし、ステラを差し引いて考えても、両者が柔剛を織り交ぜた色彩と筆触、形態の反復によって画面を満たし、カンヴァスの矩形の問題について超克しようとするフォ

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