鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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さらには古典の管理と作品制作といった、多角的な視点から議論され、刺激的かつ有意義な学究の場となった。援助を受けた3名の発表要旨は次の通りである。■成原有貴“Form and Function in the Rengesanmai-in Amida Triad”邦題:蓮華三昧院蔵「阿弥陀三尊像」の主題と機能について高野山・蓮華三昧院所蔵の「阿弥陀三尊像」(以下、本図)は、暗褐色の画面に、乗雲の阿弥陀三尊と蓮池を描く、一種幻想的な趣を有する作品である。本発表では、本図を、智光曼荼羅の翻案によって生み出された、独自の意味と機能を持つ作品として捉え、「古典の再結晶化」をめぐる議論のなかで考察を深めることを目指した。先行研究では、本図が、8世紀の僧・智光が感得したとの伝承を持つ智光曼荼羅から図像を抽出し、観想念仏のための礼拝対象として、12世紀末から13世紀初期に制作されたと推察されている。本図の阿弥陀三尊や香炉台そして天蓋が、軸装本智光曼荼羅(元興寺所蔵)のそれと近似していること、また、本図の裏書に名前が記される明遍(1142~1224)が観想念仏を実践したと想定されることが、その根拠である。先学の見解は、詳細な図像分析と明遍の思想の検討に基づくという点で説得力に富むが、抽出した図像の描かれ方については分析が尽されておらず、また、主題や機能に関しても、図像の典拠が智光曼荼羅にあることの意義をふまえた考察は、まだ試みられていない。本発表では、文化庁所蔵「智光曼荼羅」(以下、文化庁本)を新たな比較作例として掲げ、本図と智光曼荼羅が緊密に関わることを改めて確認するとともに、従来は等閑視されてきた、本図における先行図像の翻案の側面、すなわち、智光曼荼羅から抽出した図像がいかに描かれているかを詳しく検討し、主題と機能について新たな見解を提示した。発表者はまず、文化庁本との比較に基づき、これまで抽出が指摘されてきた阿弥陀三尊・天蓋・香炉台のほかに、蓮池もまた、智光曼荼羅に基づくことを指摘し、本図の画面を構成する殆どの要素が智光曼荼羅によることを明らかにした。そして、蓮池の描かれ方に本図ならではの特徴を見出した。すなわち、蓮池が、楼閣や宝樹といった浄土の具体的な光景を一切廃した、暗褐色の画面のなかに描かれており、こうした抽象性に、画面の内と外、すなわち、画面空間と観者のいる現実空間を連続させようとする志向を読み取った。つぎに、阿弥陀三尊の描き方であるが、両脇侍に付属する複数のモチーフを省略し、阿弥陀を相対的に際立たせていることがわかった。たとえ― 604 ―

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