⒁ 『野呂介石─紀州の豊かな山水を描く─』(和歌山県立博物館、2009年)70~72・74~76・179⒂ 前掲注⒁82~86・186~189頁を参照。⒃ 介石が中国人画家に倣った作例や、題詩を引用した作例の抽出は、前掲注⒁、安永拓世「野呂介石の画風変遷─その山水表現を中心に─」(『和歌山県立博物館研究紀要』18、和歌山県立博物館、2012年)、安永拓世「紀州ゆかりの人物年表⑶ 野呂介石関連年表」(『和歌山地方史研究』63、和歌山地方史研究会、2012年)などを参照。⑹ 『黄檗の美術─江戸時代の文化を変えたもの─』(京都国立博物館、1993年)190~191頁を参照。⑺ 『桑山玉洲』(和歌山市立博物館、2006年)、『朝鮮王朝の絵画と日本』(読売新聞大阪本社、⑻ 前掲注⑺『桑山玉洲』2・6・14・44頁を参照。⑼ 『桑山玉洲のアトリエ─紀州三大文人画家の一人、その制作現場に迫る─』(和歌山県立博物館、⑽ 『桑氏扇譜考』については、前掲注⑺『桑山玉洲』72頁、前掲注⑺近藤論文23~24頁、玉洲旧⑾ 前掲注⑼55~60・89~91頁を参照。⑿ 前掲注⑼18~20・69~71頁を参照。⒀ 森銑三「野呂介石傳の研究」(『美術研究』71・72・74、美術研究所、1937~38年、のちに補訂されて「野呂介石」として『森銑三著作集』3、中央公論社、1971年に所収)、脇田秀太郎「野呂介石の研究」(『國華』924、國華社、1970年)、大西薫「野呂介石の画業についての研究」(『鹿島美術財団研究報告』年報10別冊、1993年)などを参照。⒄ 王時敏や王原祁の作例については、『山水正宗─王時敏・王原祁及婁東派繪畫精品集』(澳門藝術博物館、2011年)を参照。なお、こうした類似性については、板倉聖哲氏(東京大学東洋文化研究所教授)よりご教示いただいた。⒅ 安永拓世「桑山玉洲筆 那智山・熊野橋柱巌図屛風」(『國華』1350、國華社、2008年)を参照。⒆ 安永拓世「せめぎあい、継承する、日本の文人画─関西を中心に」(辻惟雄編『日本美術全集』⒇ 『田辺・高山寺の文化財』(和歌山県立博物館、2008年)20~21・56~58頁を参照。� 高木文編『紀州徳川家藏品展觀目録』(德川侯爵家什寶係、1927年)を参照。2008年)、近藤壮「桑山玉洲研究」(『國華』1350、國華社、2008年)などを参照。2013年)11~12・66~67頁を参照。~183頁を参照。14、小学館、2013年)を参照。 唐金氏」(山内長三『日本南画史』瑠璃書房、1981年)、前掲注⑶、前掲注⑵『祇園南海とその時代』などを参照。蔵書画については、前掲注⑼15~37・67~80頁を参照。― 52 ―
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