― 69 ―から屏風の形式ではなく、襖などであった可能性が十分に考えられるものである。「孤村三信寫」の落款と「三信」(朱文方印)、おそらく「周二」(朱文長方印)の印章が第1扇中央左寄りにある。銀に白という瀟洒で澄んだ色感を持っていて、たっぷりとした絵具で描かれた花房にはボリュームがあり、自由に蔓を伸ばした枝は力強く、堂々とした作品である。花部分の胡粉の剥落が激しく、また銀地の黒変も進んでしまっているが、蔓や葉には丁寧なたらし込みが、一つ一つの花には白に青や緑でグラデーションが見られ、細かな筆使いが感じられる。銀地から月の光、冴え冴えとした夜の情景を表したとも思えるが、抱一や孤邨自身による他の銀地作品を考えると、金地と表裏一対になっているものが多く、この作品においてもそういった可能性もあるのかもしれない。藤は、歌川広重の「名所江戸百景 亀戸天神境内」や『江戸名所花暦』(明治23年・1890刊)で描かれたように、亀戸天神社の藤が有名であった。また絵画作品としても多く描かれ、藤を主画題にした作品は円山応挙の「藤花図屏風」(根津美術館蔵)がある。モチーフの1つとしてならば「花車図屏風」(出光美術館蔵)や山口素絢「春秋草花図屏風」(静岡県立美術館蔵)、椿椿山「玉堂富貴・遊蝶・藻魚図」(泉屋博古館蔵)、「野雉臨水図」(泉屋博古館蔵)、「花卉図屏風」(田原市博物館蔵)、そして松村景文「四季花鳥図屏風」(泉屋博古館蔵)、山本梅逸「四季花鳥図屏風」(出光美術館蔵)など、江戸時代後期に多くの作品が挙げられる。琳派においても藤はよく使用されるモチーフである。「摺下絵古今集和歌巻」(東京国立博物館蔵)での巻末の版木は金銀の藤の花であるし、本阿弥光甫「藤牡丹楓図」(東京国立博物館蔵)や「中蓮華左右藤花楓葉図」(藤田美術館蔵)、喜多川相説「四季草花図押絵貼屏風」(東京国立博物館蔵)、また伊年印の草花図の中の1モチーフとして描かれたり(注13)、方祝印の「白藤図(宇知和画帖)」(ベルリン東洋美術館蔵)などがある。江戸琳派においても、抱一の「十二ヶ月花鳥図屏風」(香雪美術館蔵)、「四季花鳥図巻」(東京国立博物館蔵)、「扇面雑画」(東京国立博物館蔵)、「藤蓮楓図」(MOA美術館蔵)、版本の『鶯邨画譜』などに見られ、原羊遊齋の「蒔絵下絵帖」櫛の下絵(出光美術館蔵)、鈴木蠣潭の「藤図扇面」(個人蔵)、酒井鶯甫「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」(山種美術館蔵)などがある。藤を主としたものとなると、鈴木其一による「藤花図」(出光美術館蔵)〔図3〕(注14)、「藤花図」(細見美術館蔵)、「藤花図」(個人蔵)であろう。特に、出光美術館蔵の作品は、元は襖一面であり、孤邨の「藤図屏風」と同様に大画面である点、さらに右下から左上に伸びていく枝と上から垂れる蔓、左上から真っ直ぐ垂れる藤の花房と
元のページ ../index.html#79