鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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いたが、それが青や緑の点描で塗りつぶされてしまっているということである。また画面の表面を観察しても、右端などの部分はやはり何かを描いた後に塗りつぶしている。つまりこの作品の構想としては、カンヴァスに向かった際に背景や木靴職人の隣などに何らかのモティーフが描かれ、現在よりも画面が複雑に構成されていた。しかしゴーギャンはそれらのモティーフを塗りつぶし、作業をする木靴職人とその作業台、そして画面中央を縦に走る一本の木の幹という単純な構成に変更することで、仕事場の空間ではなく木靴職人の存在そのものをクローズアップしたのである。木靴職人の主題について《木靴職人》の赤外線撮影の結果、木靴職人と木靴、その制作を支える作業台、さらに木靴の素材となる木の幹がクローズアップされ、それ以外のものは画面から消し去ろうとするゴーギャンの意図が明らかになった。この作品に描かれた木靴の主題を考える際、上で引用した「私はブルターニュが好きだ。ここには荒々しいもの、原始的なものがある。私の木靴が花崗岩の大地に音を立てるとき、私は、絵画のなかに捜し求めている鈍い、こもった、力強いひびきをきく。」というゴーギャンの言葉は、彼にとって木靴がブルターニュを象徴するモティーフであったことをはっきりと示している。そしてこの言葉と同様に、作品においても木靴は明らかに特別なものとして扱われている。例えばブルターニュにやってくる以前に制作された《静物の花もしくはカルセル通りの画家の家》〔図7〕では、オブジェとして壁に飾られた木靴がオリエンタルな陶器とともに描かれ、未知なる土地に対する関心がすでに明らかである。タイトルの通り、画面前景にテーブルを飾る花々が豊かに描かれ、その後ろにゴーギャンとピアノを演奏する妻メットの姿が見える。花や人物が画面左側4分の3の部分を占め、残る右側4分の1の部分に誰も座っていない椅子と、その後ろ側の壁に木靴がかけられている。空間は左奥のちょうどゴーギャンと夫人が描かれているあたりが影になり、木靴がかけられている壁や手前の花瓶は光が当たって明るい。その光を反射する明るい壁にぽつんと、その存在がひときわ目立つように木靴が描かれているのである。この作品を描いた後に、実際にブルターニュに向かい木靴を発見したゴーギャンは、ブルターニュの風景の一部として登場する人物に木靴をはかせるのはもちろんのこと、《冬のポンタヴェン、ブルターニュの少年と木を集める女》〔図8〕のように、屈む姿勢の女性を描き、動作が足元で行われることで、鑑賞者の視線を自然と木靴へと向かわせる。ゴーギャンは、この女性の姿勢は別のデッサンにおいてまずは研究し― 82 ―

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