鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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研 究 者:愛知県美術館 技師  副 田 一 穂本研究は、モダニズム絵画において稿者が「オーヴァーレイ効果」と呼ぶ表現手法について、これまで作家ごとの研究においてごく稀に取り上げられるに留まってきたこの手法の横断的な検証を行うことで、その意義を問うものである。オーヴァーレイ効果とは、ひとつの画面上に描かれた複数の形象のそれぞれが、あたかも透明なフィルムに描かれているかのように、互いに部分的に重なり合いつつ、その重なり合った部分が残りの部分とは異なる色彩や質感で描写される表現手法を指す。なお、複数の画像が作品内部の構造や作者の意図とは無関係に重なり合う「重パランプセストね書き」の事例や、ガラス製の物体やシャボン玉といった実際に透明な対象が重なり合う様子を単に再現的に描く事例は、本研究では主たる対象としては取り扱わない。ところでこのオーヴァーレイ効果が前提としているのは、ある画面上に同時に異なる奥行きと異なる色を持った複数の面を知覚するという、ヒトの面知覚におけるいわゆる「透明視」である。つまりこの表現手法は、絵画を透明なフィルムが複数枚重なり合って形成された層とみなすような視覚によって初めて効果を発揮する。この感覚は、ある意味では騙し絵から現代のデジタル画像処理にいたるまで、わたしたちの視覚のうちに織り込まれた普遍的な感覚ということもできよう。しかしそれが明確に意識されるようになったのは、世界を透明に表象する窓ガラスとしての絵画から、不透明で物質的な平面としての絵画へと移行する20世紀初頭、より具体的に言えばキュビスム以後においてであった。ところでオーヴァーレイ効果という語は稿者による造語だが、それに類似する概念についての先行研究を確認しておきたい。例えば岡田温司の「半透明」という概念は、次のように整理される。イタリア・ルネサンスに代表されるような、世界を透明に表象する窓ガラスとしての絵画と、クレメント・グリンバーグの批評に代表されるような、絵具の物質性や支持体の平面性に絡めとられた不透明な絵画という二つの対立項の脇で忘れ去られたもうひとつの視覚のモデルとして、半透明な絵画が存在する。それは、例えばジョナサン・クレーリーが19世紀の言説に辿った透明性というモデルの失効の歴史とは異なり、絵画の起源に遡って存在してきた普遍的な、しかし決して表にでることのなかった視覚のモデルである(注1)。このような透明性の諸段階についての議論は、対象がある程度の透明性を持つこと― 88 ―*⑨モダニズム絵画における「オーヴァーレイ効果」に関する研究

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