鹿島美術研究 年報第31号別冊(2014)
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0000用いられている。を前提とするオーヴァーレイ効果を考えるうえで有効な視座を提供してくれるだろう。例えばジョルジュ・ブラックによる画面への文字の書き入れに対して、グリンバーグは「今や表面は、触知可能だが透明でもある面として、暗示される代わりに明確00に0示される」(注2)と述べているし、ロザリンド・クラウスはパブロ・ピカソがコラージュに用いた新聞紙に印刷された活字について「コラージュの組成の中でまさに最も物化されていて不透明な[中略]新聞紙の面に、透明性を書き込む」(注3)と述べている。とりわけキュビスムの分析において多用されるこのような透明/不透明という語は、描写された奥行きのある空間と、テクスチャを持つ物質的なものの表面とを指し示すものとして、あるいはそれぞれの要素が内容を指し示す仕方が明示的か暗示的かといった区別を表すものとして(注4)、比喩的にしかし一方で、オーヴァーレイ効果における透明性は、キュビスム批評における空間の漸進的な奥行きを示す指標とも、また指示対象の明確さの度合いとも、若干異なる響きを持っている。というのも、オーヴァーレイ効果が生じているとき、重なり合う形象は透明/半透明なものとして描写されているのと同時に、互いにぴったりと重ね合わされた平面としても描写されているため、それぞれの形象の深さの前後関係を判別することは原理的に不可能であるからだ。この点においてオーヴァーレイ効果は、キュビスムについて従来言われてきた断片的な浅い空間とは微妙に異なる別種の空間を生み出している。バウハウスやMITで教鞭を執った美術理論家ゲオルギー・ケペッシュによる透明性の定義は、この奇妙に矛盾した空間を的確に言い表している。 二つ、またはそれ以上の、互いに重なり合い、かつその互いに共有している重なり合った部分をそれぞれが主張するような図像をみる場合、そこには空間の次元で矛盾が生じている。この矛盾を解消するには、新しい視覚の質の存在を前提としなければならない。図像には透明性が与えられる。つまり、これらの図像は互いに視覚的に破壊し合うことなく浸透し合うことができる。しかしこの透明性は、ある視覚上の特徴を暗示する以上に、より広汎な空間上の配列を暗示している。透明性は異なる空間上の位置の、同時的な知覚を意味しているのである。空間は後退するだけではなく、持続的な活動のなかで変動する。透明な図像の位置は、それぞれの図像がより近くにみえた途端により遠くにみえる、というように曖昧な意味を有している(注5)。つまり、透明性が与えられた複数の図像は文字通り透明であるという性質を再現す― 89 ―

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