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― 100 ―1 作品検討─水墨風景画の描法変遷と発表状況竹内栖鳳の水墨風景画は、大正末期から昭和初期にかけて溌墨表現とその端緒が見られ、筆者はこの種の作品を13点確認する。これまでも作品の閲覧・撮影等を進めてきたが、この度は新たに石橋美術館、桑山美術館、足立美術館の御協力を得て調査した。今回調査した作品を基準作と対照させて、水墨風景画群の描法変遷を検討する。まず、大正15年、第三回淡交会展出品の「宿鴨宿鴉」〔図2〕には、画面に墨を直接注ぎ込む様は見受けられない。部分的な濃墨の滲みを除けば、墨の筆致によって主に描かれている。作品には樹木等に再現性の高い描き込みが顕著に見られ、奥行きと広がりのある遠近空間を実感できるだろう。本作品と制作時期が近いと推測される(注1)石橋美術館所蔵の「渓山雨後」〔図3〕は、山を象る表現に墨の滲みが認められる。水墨の潤沢な滲みに、小品ながらも後の溌墨表現の兆しを垣間見ることができる。昭和8年、第七回淡交会展出品の「晩鴉」〔図1〕は、寂寥感の漂う情景描写もさることながら、紙面に墨を流し込む画面中央の溌墨表現が作品の主題のように考えられる。この溌墨表現は画中の空間性を失わせる。こうした趣向は同年や翌年頃に制作された他の水墨画にも顕著に認められる。昭和9年制作の桑山美術館所蔵の「水墨山水」〔図4〕は、同年の大礼記念京都美術館美術展に出品された「水村」と、作品の大きさや水墨描法の点で共通性が見出される。この大作2点の溌墨表現では、淡墨を基調にすることで大画面と墨色により増幅される作品の重厚さが回避された。このように、竹内栖鳳の溌墨表現は大正末期にその端緒が窺われ、昭和8年に入り深化すると考える。そして、この画風の傾向は栖鳳が没する前年まで見届けられる。昭和12年制作の足立美術館所蔵の「宿鴨宿鴉」は、鴨と鴉を対比する主題が大正15年の同名の作品と共通する。だが、十数年を経て再び描かれたこの「宿鴨宿鴉」は、前作から一変して、溌墨技法による表現が作品の主軸となっている。このように、水墨描法の推移を概観したが、ここで画風変遷において基点となる重要作品、「宿鴨宿鴉」、「晩鴉」がいずれも淡交会で発表されることに留意したい。竹内栖鳳は大正末期から昭和初期にかけて、淡交会と称する小規模なグループ展を主要な活躍の場とする。大正13年に発足した淡交会は、東西画壇の巨匠たちが美術団体の垣根を越えて一堂に会する展観として当時の美術界で衆目を集めた。昭和10年の第九回展まで開催される。しかし、同会における画家たちの創作活動を考察する研究は現在まで充分に進められていない(注2)。そこで、以前から継続してきた淡交会

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