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― 112 ―釈は説得的である。もう一つ支持を集める解釈として、有髭の男性をアレクサンドロスの異母兄弟フィリッポス3世アッリダイオス(在位:前323~317年)、中央の若者をアッリダイオスの次にマケドニア王に即位したカッサンドロス(在位:前305~297年)と見なす説(アッリダイオス説)が挙げられる。アッリダイオスはフィリッポス2世と同様有髭であっただけでなく、名前にフィリッポスを冠していることからも分かるように、意図的に父フィリッポス2世を連想させる演出に腐心し、王位の正当な後継者あることを視覚的に示そうとしていた(注7)。カッサンドロスは、前316年にアッリダイオスとその妻アデアをアイガイに手厚く葬ったと伝えられる人物である(注8)。美術史研究者のパラギアをはじめ、アッリダイオス説を支持する研究者は、主に墓室から発見されたディアデムや(注9)、人工的な猟場で馬に乗って行なわれる狩猟方法といった、《狩猟図》の表現に見られるオリエントからの影響を指摘している。すなわち埋葬は、アレクサンドロスの東方遠征後、ペルシアの文化がマケドニアに好意的、かつ積極的に採用されて以降の時代になされたと考えられる。本作の構図や表現には、いくつかの興味深い点が見受けられる。一つは、中央の若者が画面中央で目立つことに注意が払われ、獅子狩りに参加しているにしてはあまりに離れすぎている点である。おそらく画家にとっては全体の自然なバランスより、中央の若者が目立つことのほうが重要だったに違いない。二つ目は、被葬者と思われる有髭の人物の表現である。彼は獅子と視線を交わし、また構図上最も高い位置に表されていることから重要な人物であるにもかかわらず、顔や身体が馬と重なり隠れてしまっている。被葬者をこのように表現する作例は、筆者の知る限り他にない。むしろ彼よりも主役にふさわしい表現がなされているのは、中央の若者である。以上の考察から、筆者は中央の若者をアレクサンドロスよりもカッサンドロス、有髭の男性をフィリッポスよりアッリダイオスとみなすのがふさわしいと考える。何故なら、画面に被葬者の存在を必要としながらも埋葬者のほうが画面を大きく占め目立って表されている表現が、アレクサンドロスのそれよりも、アレクサンドロスの死後、権力者たちがアレクサンドロスの姿を借りて権力を示そうとした表現に構図上の類似が見られるように思われるからである。この問題について、さらに「獅子狩り」の表現に焦点を当て、関連する作例と比較しつつ考えたい。3.アレクサンドロス大王の美術における「獅子狩り」最初の比較作例として挙げるのは、ペラの邸宅「デュオニソスの家」から発見され

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