― 113 ―たモザイク画《獅子狩り》である〔図5〕。ペラでは、古代マケドニア人の住居跡から質の高い補床モザイクが数多く出土している。この《獅子狩り》の画面中央には一頭の獅子が表され、二人の男性が両側からそれぞれ攻撃を加えようとしている。モザイク画は、ヴェルギナ第2墓《狩猟図》とほぼ同時期に制作されたと考えられているにもかかわらず、同じ「獅子狩り」のモチーフを採用しながら、その表現はまったく異なっている。とりわけ注目されるのは、モザイク画には人間がほぼ裸体に近い姿で表され、また馬に乗らず対等に(より危険を犯して)獅子と対峙するという、いわゆる古代ギリシアの古典的な英雄観が表出している点である。パラギアによれば、「アルカイック期、クラシック期のギリシア芸術における獅子狩り(の主題)は、ギリシア神話のヘラクレスによるネメアの獅子退治のエピソードに限られていた」(注10)。アレクサンドロスは神話上の英雄ヘラクレスを自分の祖先として、また同時にライバルとして強く意識し、自身の肖像にヘラクレスのアトリビュートである獅子の皮を採用していたことで知られる。つまり古代マケドニア人は、ヘラクレスの英雄伝説とそのイメージに親しんでいた。獅子はアレクサンドロスの肖像のイメージが定着するまで、英雄ヘラクレスを連想させるモチーフだったのである。モザイク画が飾られていた大邸宅は、その規模からほぼ疑いなく高位の人物の家であった。この家の主人は最先端の流行を反映した宮廷美術に触れる機会も多かったに違いない。それにもかかわらず、モザイク画はアレクサンドロスの東方遠征以前に好まれていた、獅子狩りの表現を継承していると言える。おそらく注文主は、新しい文化や芸術を積極的に受け入れるよりも、保守的で伝統的な表現を好んだのだろう。二つ目の比較作例として挙げるのは、いわゆる《クラテロス・モニュメント》と呼ばれる青銅製の彫刻群である。原作は失われてしまったが、アレクサンドロスを表した騎馬像を含む一部のローマン・コピー〔図6〕、碑文、そして文献によって存在が伝えられている。オリジナルは、「王の友」と称されたアレクサンドロスの側近クラテロスによって前330年頃に制作されたとされ、また著述家プルタルコスも、この作品について「この狩猟場面を、クラテロスが獅子、犬、獅子と戦う王、それを援ける自分という構成で青銅像に作らせて、デルフォイに奉納したが、一部はリュシッポス、他はレオカレスの作であった」と伝えている(注11)。プルタルコスが伝えるところによれば、この彫刻群において獅子と対決しているのはアレクサンドロスである。すなわちクラテロスは、アレクサンドロスを主役として表しつつ、主君を援けに駆けつける自身の姿を表すことで、間接的に自らの権力を高めようとした意図が窺える。最後に、ヴェルギナの《狩猟図》の獅子狩りの表現に最も類似している作例とし
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