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― 115 ―これまで本作の制作時期をアッリダイオスの死亡時期とみなす説を支持してきた研究者たちは、その根拠の一つとして、本作に見られるオリエントの影響を指摘してきた。その点については筆者も同意したい。しかし本作には、オリエントの影響だけでなく、後継者戦争の時代だからこそ見られる表現も、また特徴の一つとして指摘されうるのではないだろうか。本研究から、アレクサンドロスの美術に関する研究には、関連性のある美術作例との比較研究に、未だ研究の余地があることを改めて確認し得た。今後の課題として、より地域やモチーフの比較対象を広げ、体系的な研究を行なっていきたい。※ 本稿の古代文献の表記は、Hornblower, S. and Spawforth, A.(eds), The Oxford ClassicalDictionary 3rd ed., Oxford: Oxford University Press, 1996にもとづく。※ 本研究に際し、推薦者の武蔵野美術大学篠塚千惠子教授、そして現地調査及び論文執筆に際してご指導くださった筑波大学大学院長田年弘教授、帝京大学森谷公俊教授に厚く御礼申し上げます。また、レフカディアの墓室内で調査する貴重な機会をくださったK. タンケ氏とK. ユファンティディス氏をはじめ、お力添えを頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。注⑴ヴェルギナとその発掘史に関しては、周藤芳幸・澤田典子『古代ギリシア遺跡事典』東京堂出版、2004年、144-164頁を参照。⑵Andronicos, M., Vergina: The Royal Tomb, Athens: EKDOTIKE ATHENON S.A., 1984.⑶被葬者がマケドニアの王族であることを裏付ける証拠として、第2墓から出土した陶器や銀器などの豪華な副葬品、とりわけ黄金のラルナクス(骨箱)の蓋や出土した大量のディスクにあしらわれたマケドニア王家の紋章である“Macedonian Star”の意匠が挙げられる。⑷被葬者論争の研究史に関しては、澤田典子「「フィリッポス2世の墓」再考」『古代文化』古代学協会京都支部、Vol.63、No.Ⅲ、2011年、39-59頁を参照。澤田典子氏は、墓の前室の特異な造りや人骨の遺存状態などを根拠に、フィリッポス説を支持する。⑸猟場についてはXen. Cyr. 1. 4. 5-15が言及している。記述によれば、猟場は運動場としての役割も兼ねており、野生動物の狩猟は貴族階級の兵士たちの軍事訓練の一環であった。このような場所は人工的に造られ、獅子だけでなく熊、猪、豹、鹿、羊、驢馬などさまざまな動物たちを飼育し、また各地で採集された植物も栽培されていたという。⑹Just. 11. 2.⑺古代マケドニアの成人男性は、戦闘の妨げになるとして慣例的に髭を剃っていたが、アッリダイオスは髭を伸ばしていたことで知られる。その理由として、Palagia, O., ʻHephaestionʼs Pyreand the Royal Hunt of Alexanderʼ, in: Bosworth, A. B. and Baynham, E.J.(eds), Alexander the Great inFact and Fiction, Oxford: Oxford University Press, 2000, 196は、アッリダイオスが王権を主張する

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